ビリリ、とフレディの声がその場に響く。談笑していた貴族たちも何事かと視線を集めた。

「そ、そんな役立たずな娘、後悔しますぞ!」

 ローレン公爵家に取り入ることを諦めたアリアの父は、悔し紛れに言葉を放った。その言葉にフレディは内心でブチ切れた。

「アリアは役立たずなどではない。俺の大切な妻だ」

 笑顔なのに冷ややかな空気を醸し出すフレディのこめかみには青筋が立っている。

 そんなフレディの表情が見えないアリアは、彼の背中にそっと触れ、涙を浮かべた。

「ローレン公爵である俺の妻を貶めて、許されると思うなよ?」
「ひいっっ!」

 フレディに剥いた目を向けられ、アリアの父は逃げて行ってしまった。

「くそ、権力にすり寄る羽虫が。あ、後でアリアに二度と近付かないよう、誓約書を書かせないとな」

 アリアの父が逃げて行った先を見つめながらフレディはブツブツと呟いた。

「フレディ様……」

 フレディのジャケットの背中をぎゅう、と握りしめアリアがか細く呟いた。

「アリア?! 大丈夫?」

 フレディはハッとなり、慌てて後ろのアリアに向き直る。

「アリアは俺が守るから安心して? あ、あんなでもアリアの父親だもんね……勝手に縁を切って悪かったかな?」

 アリアは必死になるフレディを見て、笑みが溢れる。

「いえ……私はとっくに家からは縁を切られていましたので……それよりも、フレディ様が私を役立たずでは無いと言ってくれたのが嬉しくて……」
「ええ……今更?」

 アリアは涙を滲ませ、ふわりと微笑んだ。

 これまでもアリアのことを肯定してきたはずなのに、まったく響いていなかったことにフレディは苦笑した。

 役立たず、と呪いをかけていた父の前できっぱりとそれを断ち切ったのが良かったのかもしれない、とフレディはアリアの表情を見て思った。

「アリアは俺に必要な奥さん、だよ」
「お役目果たせているなら良かったです」

 そこはまったくまだ届いていなかった。

 がくりとしたフレディだったが、アリアを腕の中におさめる。

「まあ、夫婦だし、まだ時間はあるからね?」

 ぎゅう、と抱き締められ、フレディの言った言葉に疑問符を浮かべるアリア。

 でもその温かさに胸がきゅう、となる。

(まだ夫婦でいられる時間があるのなら、嬉しい……)

 父とは離別してしまったが、元より一人で生きていくつもりだった。だから寂しくない。なのに、フレディとの別れを思うと、アリアは無性に悲しくなった。

 抱き合っていると、わあ、という歓声と悲鳴が混じった声に我に返る。

 抱き合う二人を近くの貴族たちが一斉に見ていたのだ。

 見せつける、とは言われていたが、こんなに視線を集めては恥ずかしい。アリアは真っ赤になった顔をフレディの胸に隠すように埋めた。

「アリア、少し抜けようか」

 そんなアリアを愛しく思いながらも、他の男に見せたくないフレディは庭からアリアを連れ出した。

「い、いいんでしょうか?」
「殿下には挨拶したから、ちょっとくらい平気だよ」

 困惑するアリアの手を引いて、フレディはパーティー会場を後にした。