アリアは慌てて臣下の礼を深くとった。

「ルード殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」

 フレディも一歩前に出て礼をとると、挨拶をした。

 金色の髪にサファイアのような澄んだ青い瞳を真っ直ぐに見据えるその人こそ、この国の王太子、ルード・デルリアだった。

 隣には王太子妃殿下も座って微笑んでいる。

「最近は魔法省の仕事を理由に欠席出来て良かっただろうに、今日はどうしたんだ?」

 ルードがフレディに向かって意地悪く笑みを向けて言った。

「妻を伴って出席しろとおっしゃったのは殿下でしょう?」
 
 少し呆れ気味に答えるフレディに、ルードは増々笑みを深めた。

「お前は式も挙げずに、結婚した、とだけ報告を寄越したからな。あんなに女嫌いだったお前を落としたご令嬢がどんなものか見たいのは当然だろう?」
「悪趣味、ですねえ」

 ルードの笑みにフレディもこめかみに青筋を立てながらニッコリと笑顔で返す。

(あ、あれ?? 仲、良し……?)

 二人のやり取りにアリアは顔を上げるタイミングを逃したままだった。そこに王太子妃が割って入る。

「お二人とも、奥方様のご紹介がまだですよ」

 美しい銀髪の王太子妃――カルナディアは、隣国から嫁いだ王女だ。

 その優しそうな灰色の瞳をルードとフレディに向けてにっこりと微笑む。

「……すまなかった。アリア嬢……だったか? 顔を上げてくれ」

 カルナディアに促され、ルードがアリアに声をかける。

「はいっ……アリア・ローレンと申します。本日は殿下のご尊顔を拝しましたこと……」
「いい、堅苦しいのは無しだ」

 顔を上げたアリアは再び深く礼で挨拶をしようとすると、ルードから制された。

「ライアンから話は聞いている。……妹が迷惑をかけた……」
「えっ……あの……」

 ルードが申し訳なさそうに眉尻を下げてアリアに声をかけたので、アリアは困ってしまう。

(ライアン様が? えっ、殿下が知ってくださっている?!)

「……殿下、アリアが困惑しています。それに、今話すことではないでしょう」

 フレディは小さく息を放つと、アリアの肩を抱き寄せた。

「……本物、なんだな」

 フレディが女性に触れている姿を見たルードは、目を大きく見開いた。

「ふふ、そうだな。ここで話すことではなかった。しかし、フレディとこの王都で生きていくのならば、悪女は王家のために働いていた、と認める必要があるだろう」
「殿下……それは」

 ルードの言葉にフレディが驚きを表す。

 アリアの悪役令嬢としての汚名を晴らしたい、と思っていたフレディにとっては僥倖だった。

「まあ、いずれにせよ、アリア嬢にもフレディにも王家に貢献してくれた礼をさせてもらうよ」

 ルードの言葉に礼をして、挨拶は終わった。

 ルードは妹とは違い、聡明で、仕事の評判も良く、人徳もある王太子だった。