「というか、戻す場所、完璧なんだけどどうして?!」

 アリアが片付けた本棚を見渡し、フレディが驚きの声を上げた。

「えっ? フレディ様の局長室にはお昼を届けに来ていますので……」
「……二回だけだよね?」
「……二回見れば充分ですが……」
「……そういうもの?」

 お互いポカン、と見合う。

「そういえば義兄上が書いた悪役令嬢の台本もアリアは完璧に覚えて振る舞っていたんだもんな……アリアは凄いんだな」

 フレディの中で点と点が結び付き、理解に至り、アリアの頭を撫でて微笑んだ。

「……凄いのはフレディ様です」
「俺?」
「はい。この魔法具もそうですけど、私を悪役令嬢にしてくれたあの魔法薬だって、みんな凄いです!」

 凄い、とフレディはもてはやされてきた。魔法省の中での権力争いも然ることながら、令嬢がフレディに近寄ろうとするおべっかが主だった。

 しかし、目の前のアリアは純粋な瞳でフレディを「凄い」と言っている。

「あの時もそう言ってくれた」
「あの時?」

 懐かしそうに、愛おしそうに目を細めるフレディにドキドキしながらもアリアは聞いた。

「ああ。研究途中だった俺の魔法薬を「凄い」って君は瞳を輝かせていた」
「私は……」
「良いんだ……」

 思い出を語るフレディに、アリアは申し訳ない気持ちになったが、彼は今度は寂しそうな表情は見せなかった。

「昔のことは良いんだ。今、君がここにいてくれれば」
「フレディ様……」
「君は君のままで……そして今は俺の妻だ」

 手を取られ、フレディに真っ直ぐに見つめられたアリアは胸がぎゅうっとなる。

「でも私は……」
「アリア、「お仕事」でしょう?」
「……はい……」

 いつもは背筋が伸びるほど嬉しい言葉のはずが、今日は何だか複雑で悲しい。

 フレディもアリアを自分に縛り付けるために言った言葉に過ぎないが、アリアが知る由もない。

(悪役令嬢役を全うしたら、王都から去る……あんなに望んでいたことなのに、私はいつからこんなに強欲になってしまったのでしょう……)

 悲しくて泣きそうな自分を叱咤しながらアリアは平常心を保つ。

「アリア?」

 いつもは喜々として返事をするアリアが俯いているので、フレディは心配になってアリアを覗き込んだ。

「はい! お仕事、ですから、フレディ様の「妻役」、果たしてみせます!」

 パッと笑顔を作り顔を上げたアリアに、フレディは一瞬傷付いた表情を見せた。

「フレディ様……?」
「うん! そうだね。アリアには頑張ってもらわないとね?」

 すぐにいつもの意地悪な表情に戻ったフレディに、アリアは身体を引き寄せられる。

「これは「仕事」だから」

 そう言うとフレディはアリアにキスをした。

(これは、仕事――――)

 冷たいはずのキスなのに、切なくて愛おしい。

 すれ違いの想いはお互いの秘めた本心を唇に乗せて、じわじわと浸透していくのだった。