「俺……もしかしてあの女と同じことをアリアにしていたんじゃ……」
「あら、気付いた?」

 ライアンの執務室で姉のレイラと会ったフレディは、部屋の奥にあるソファーで話していた。

「俺は何てことを……いや……アリアが可愛すぎて……」

 この前は深刻な顔を見せていた弟に、レイラはくすりと笑う。

「アリーちゃんのこと、本気なのね」
「……はい」
「でも、了承もなくキスするのはいただけないわね?」
「……はい……」

 レイラの言葉にフレディはがっくりとうなだれる。

 「仕事」を盾に、アリアの気持ちを無視して自分の気持ちを優先させていた。

(いや、でも嫌がってなかったよな……? 最初は泣かせてしまったけど、それ以降は可愛い蕩けた顔を見せてくれて……)

「でも、あなたがお義母様のことをそんなふうに話せるようになったなら良かった」

 ソファーの隣で腰掛けるレイラはフレディに優しい笑みを向ける。

「確かに……」

 フレディはアリアに過去のことを話してから、すっきりしていた。アリアが二人の出会いを覚えていなかったのは悲しかったが、それよりも彼女が自分の紡ぐ愛で赤くなるのが可愛くて、もっと甘やかしたい、そんな気持ちの方が大きかった。

「過去にいつまでも囚われるより、アリアを甘やかすことに頭も気持ちも、身体も使いたいと思うようになっていました」
「そう」

 自身の手を見つめ、フレディが言うと、レイラは嬉しそうに笑った。

 レイラはやっと忌まわしい過去から立ち直りつつある弟に安堵した。

「アリーは自分が役立たずだと思っているから、お前がたっぷり甘やかしてやれ」

 机の上で仕事をしていたライアンがいつの間にか二人の前に立っていた。

「それなんですけど、アリアはどうしてあんなに悪役令嬢に固執してるんですか?」

 フレディがライアンを見上げると、彼は眉尻を下げて微笑む。

「アリアは俺の妻です。もう隠し事は無しですよ」
「……本当は本人から聞いた方が良いんだがな」

 フレディの真剣な瞳にライアンはふう、と息を吐いた。

「アリーちゃんは無自覚だから話さないでしょうね……。それに、あんなことがあって記憶を閉ざしているから……」
「レイラ……」

 レイラの言葉をライアンが遮ったが、フレディは聞き逃さなかった。

「あんなこととは何です?! 姉上!!」

 フレディに問い詰められ、困ったレイラがライアンの方を見る。

「お前には全部話しておくよ……」

 ライアンはそう言うと、向かいのソファーに腰を落とした。