物語に出て来る「悪役令嬢」そのものだと名高いアリアとの契約結婚は、自らが望んだもの。義兄である宰相に取り計らってもらった。義兄からは「彼女は有能な悪役令嬢だから安心すると良い」と言われていた。

 アリアの悪い噂を知っていたフレディは、どういう意味かと首を捻ったが、煩わしいこれからの社交シーズンを考えると、契約結婚という方法に出るしかなかった。

 なぜ男好きで有名なアリアがフレディとの契約結婚を受けたのか疑問もあったが、女嫌いで有名な自分をアリアなら籠絡出来る自信があるんだろう、とフレディは心の中でアリアを軽蔑してこの日を迎えた。

 そして、アリアと話してみて、悪役令嬢らしい返答が返って来て、「やはり噂通りの女だ」と思ったものの、引くところは引く。その違和感は覚えつつも、「また男と遊んで暮らす金が欲しいだけだろう」とフレディは自分を納得させた。「お前を愛することはない」と言い放ったのに、妖しく笑う目の前の女は自信があるようにも見えた。

「いいか、俺はお前を絶対に愛さないからな」
「まるで惹かれそうな自分に言い聞かせているかのようですわね」
「――――っ!」

 アリアに分からせるために繰り返した言葉だったが、逆に誂われてしまった。

 妖艶に微笑むアリアは悪女そのもの。それなのに。胸がざわつくのは、そのアップルグリーンの瞳のせいだろうか。

 フレディはソファーから立ち上がると、アリアを残し、応接室を出た。

「これを出しておいてくれ」

 側にいた家令のベンに婚姻届を手渡す。先程の契約結婚の契約書と同時にアリアがサインしたものに、フレディのサインも入れてある。

「……かしこまりました」

 ベンはそれだけ言うと、婚姻届を受け取り、その場を後にした。

 ふう、とフレディは自身の広い屋敷を見渡す。

 フレディは若くして魔法省の局長も務める有能な魔法使いだった。爵位を継ぐと同時に、それを返上しようとしたが、王族に止められてしまった。

 魔法の研究だけに集中したいフレディの意向を汲み取り、領地だけは返領された。フレディは公爵のまま、王都のタウンハウスに住み続けていた。議会の月以外は年中魔法省に通い、魔法の研究を行う。彼にとってそれが最良の暮らしだった。煩わしい社交シーズンさえなければ。

(あの女との契約もしばらくの我慢だ)

 潔癖なフレディにとって、他人を家に迎え入れるのは我慢ならなかったが、これからの煩わしい社交シーズンを乗り切るためだと割り切った。

 しかしフレディは気付いていなかった。直接手が触れそうになったときはアリアの手を振り払ったものの、彼女が家にいることに嫌悪を感じなかったことに。