「……君の信頼を裏切ってごめん……」

 アリアに手を出したことに平謝りするフレディ。

「いえ……通いだと思いこんでいたのは私の方なので……。完璧な悪役妻を演じるならば、寝室くらいは一緒ですよね……」
「ん?」

 泣いていたはずのアリアはいつの間にか泣き止み、なぜか何かを納得していた。

「フレディ様が、本気で演じられているのに、私は泣き出す始末で……! 悪役妻として失格です!! 本当に申し訳ございませんでした!!」
「は!?」

 謝っていたのはフレディのはずなのに、いつの間にかベッドの上で土下座をしているアリアが視界に入る。

「ええと、……既成事実(・・・・)というやつですよね? 私たちの夫婦の間柄を疑われてはなりませんから!」
「は!?!?」

 泣いていたアリアは、なぜか自分で納得し、おかしなポジティブな方向へと舵を切ってガッツポーズをした。

「待て待て待て待て、俺が!? 演技で君にキスしたと!?」

 アリアの肩を掴み、訴えるフレディにアリアはきょと、とした瞳で見つめた。

 アップルグリーンの瞳は濁りのない綺麗な色でフレディを見ている。

 う、となりながらもフレディは必死に訴える。

「俺は! 好きでもない女に、キスなどしない!」
「素晴らしい設定維持です! 私も見習います!」

 どうやらフレディの本当の想いがアリアには演技だと思われているらしい。

『お前を愛することは無い』と契約の時に言い放った言葉をフレディは後悔した。

 アリアから無駄にキラキラとした瞳を向けられ、フレディはがくりと肩を落とした。

「そもそも……俺は、君だから触れられるんだが……」

 潔癖なフレディは手袋無しに他人、特に女性に触ることが出来ない。触れるのはアリアだけなのに。

「フレディ様は、優秀な魔法使いです。あの素晴らしい魔法薬のような物で、何とかされているのでは?!」

 キラキラと期待した瞳を向けられ、フレディは再びがっくりとうなだれた。

 アリア自身は自信がなさげで、自己評価も低く、先程だってキャパオーバーで泣いていたのに。

 悪役令嬢、仕事のことになると斜め上のポジティブさで前向きになるのは何でなのか。

「うん、まあ……、今はそういうことで良いよ」

 根負けしたフレディはアリアに困ったように微笑んだ。

「? 悪役妻、頑張ります!!」

 フレディの言わんとすることを理解出来ないが、アリアはとりあえず、両手の拳を胸の前で掲げてみせた。

「うんうん。僕が触れるのは君だけだから、社交場ではそのことをアピールするために君にいっぱい触れるからね?」

 アリアの髪を一束掬い、フレディはそこに唇を落とした。

「は、は、は、はい!!」

 顔を赤くしながらも、「仕事」だと張り切り、瞳を輝かせるアリア。

 フレディはそんなアリアを愛おしく思いながらも、自身の気持ちがまったく届かないことに肩を落とした。