「お、来たかな。入って!」

 ノックの主をあらかじめ知っていたライアンは、声を張ってドアに返事をした。

「お待たせ。アリーちゃんは来た? ……あら?」

 ドアを開けて入って来たのは、姉のレイラだった。

「姉上……? なぜここに……」
「それはこっちの台詞よ。アリーちゃんはどうしたの?」

 フレディの問に、レイラは片手を頬に当て、首を傾げた。もう一方の手には大きなトランクケース。

「姉上……シュミット公爵家を出て行くつもりですか」
「そんなわけないでしょ!」

 大きなトランクケースを見て真面目に心配したフレディは、姉から頭を叩かれる。

 思い出の女の子に出会うまでは、姉は唯一触れられる女性だった。

「これはね、アリーちゃんのよ!」
「あの子の……?」

 叩かれた頭を抑えながら、フレディは、そういえば悪役令嬢の姿を作ったのは姉だったと、ライアンの言葉を思い出す。

「アリーちゃん、完璧な悪役令嬢だったでしょ?」

 何故か嬉しそうに話す姉にライアンは苦笑する。

「ええ……昔の彼女だと気付かないくらいに」
「フレディ、どうしたの?」

 自分を揶揄する弟の姿に、レイラは心配そうな表情を見せた。

 昔、あの忌まわしい家から救ってくれたのは姉だった。ライアンも力になってくれたので義兄にももちろん恩義を感じている。しかし、フレディが素直になれるのは、やはり姉だけだった。

「彼女は――……俺の女神なんです」

 覗き込むレイラに、フレディは苦しそうな表情で言った。

 そんな弟の頭を撫でながら、レイラはフレディをそっとソファーまで連れて行った。