この想いが空を舞って、君に届いたら



【そうだね】


「君にまた会えるように俺も頑張って生きるよ」



 ふんわりと笑った彼の頬は以前見たときよりも少し痩せていることに今更気が付いた。


 前は走っていたのに今日は車椅子を使っている。


 彼がどんな状況なのかはわからないけれど、確実にこの前会ったときよりも病魔に蝕まれていることはわかった。


 でも、彼が感じている辛さや不安はわたしには到底わかるはずもないものだからなんて声をかけるべきなんだろう。


 想くんだったらなんて言ってあげるのかな。



【わたしも早く足のケガ治すね】



 それくらいしか言えなかった。


 ”早く自分の声で話せるようになるね”なんてかっこいい言葉一つすら言えなかった。



「そろそろ戻らなきゃ。次会う時は名前、教えてね」



 風上くんはそう言うと、くしゃり、とわたしの頭を優しく撫でて、柔らかく微笑むとそのまま屋上から出て行った。

 触れられた箇所がじんじんと熱を帯びている。

 きっと今、わたしの顔はリンゴみたいに真っ赤だと思う。


 だって、こんなの反則だよ。


 また頭を撫でられた。
 でも、全然嫌じゃない。


 むしろ、ドキドキしすぎて心臓が破裂していまいそう。

 彼の言動がどうしても想くんと重なってしまう。
 想くんに会うことなんてないのに。


 風上くんに会うと想くんに会いたい気持ちが余計に膨らんでしまうから困る。


 ふと、空を見上げた。



 茜色だった空がいつの間にか深い青に変わり、世界に夜を連れてくる。


 想くんも、空が好きって言ってたからもしかしたらわたしと同じ空を見ているかもしれない。


 それだけで十分。
 欲張らないでこのままの距離でも十分楽しい。


 ちゃんと、想くんに謝ろう。


 わたしはそう決めて、赤くなった頬の熱が引くまでしばらく風に当たってから病室へと戻った。
 
 


 “勝手なこと言ってごめんね。もう言わないから安心して”

 そう紙飛行機でメッセージを飛ばしてから3日が経った。


 未だに返事は来ていない。

 どうしたんだろう。
 やっぱり会いたいなんて言ったから嫌になったのかな。


 いや、でもわたしの知っている想くんはそんな人じゃない。

 もしかしたら部活が忙しいのかもしれないし。


 なんて、わたしはとにかくそう自分に言い聞かせる日々を送っていた。


 ―――コンコンコンッ。


 病室の扉をノックする音が聞こえてきて、そちらに視線を向けた。


 誰だろう。

 茉凛はいつもノックなんてしないし、小嶋さんかな?



 そんなことを呑気に考えていたけれど、病室の扉が開いて中に入ってきた人物を見てわたしは、はっと息を詰まらせた。



「音瀬さん、元気?来るのが遅くなってしまってごめんなさい」



 申し訳なさそうに眉を下げてわたしを訪ねてきたのは学校の先生である富永先生だった。


 突然のことに動揺を隠すことができずにいたけれど、立ちっぱなしもなんだと思ったわたしは近くにあった丸い椅子に座ってくださいと手で合図を送る。


 なんで来たんだろう。


 まあ、でも学校的には一度くらいはお見舞いに来ておいた方がいいって感じなのかな。


 こんな時でもまだ捻くれてしまっているわたし。



 心配してきてくれたのかもしれないのにわたしってば、失礼だよ。



「音瀬さんは嫌かもしれないけど、音瀬さんが事故に遭ったって聞いてクラスのみんなも心配してたの」



 椅子に座るなり、開口一番にそう言った先生。

 クラスのみんなも心配……か。

 先生だってわたしの身に何があったか知っているはずなのにどうしてそんなことが言えるんだろう。


 さすがにそれを素直に信じるほどわたしはバカじゃないし、優しくもない。



【そうですか】



 だから、わたしは愛想がないとわかっていながらそんな返答しかできなかった。

 そこから先生は学校について色々と話してくれたけど、わたしにとっては地獄のような話ばかりだった。


 そんなことを聞かされなくても退院したら学校にがちゃんと行くのに。



「それでね、3ヶ月後に合唱コンクールがあるんだけど……よかったら音瀬さんにピアノを担当してもらいたいなって思ってるの。どうかな?」



 先生は不安そうに瞳を揺らしながらわたしを見る。


 ピアノなんて、もう弾けない。

 でも、先生はわたしがピアノをやめたことを知らないからお願いしてくるのも仕方ない。


 何も言わないわたしに先生は焦ったように「急にごめんなさい。ゆっくり考えてくれていいから!じゃあ、わたしは失礼するね」と言い、席から立ち上がった。


「音瀬さんが学校に来るの、みんな待ってるからね」



 それだけ言うと、先生は病室から出て行った。


 まるで嵐が過ぎ去ったような気分だ。


 先生からしたらわたしに起こった出来事なんて小さなことなんだろうな。


 わたしにとっては大きすぎるくらいだったというのに。



 ―――クラスのみんなも心配してたの。


 そんなはずはない。


 だって、みんなわたしがいなくたってどうだっていいんだから。
 


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 ☁
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 高校二年のクラス替えはわたしにとっては悲惨な結果だった。


 仲のいい子が一人もいなくて、周りはあまり仲良くない子たちばかりで、人見知りのわたしはすごく不安だった。



 そんな中でも話しかけてくれる子はいて、何とか浮かないようにみんなに合わせて少し無理をしてでも生きていた。


 合わせていればみんな笑ってくれていたし、楽しく過ごすことができたから。



『紗那ちゃんって、ピアノ弾けるんだよね!』


『すごーい!』



 クラスの中でわたしに話しかけてくれて仲良くなったのはユウナとアヤカだった。

 二人ともわたしがピアノを習っていることをすごいと褒めてくれて嬉しかった。



『ねえ!せっかくだから紗那ちゃんがピアノ弾いてるところを動画に撮ってSNSに載せてもいい!?』


『あ、うん。わたしなんかでよければ……』



 だから、普段なら断るそんなお願いも了承してしまったのだ。