この前は確か紫だったかな。想くんのお気に入りは水色らしい。
なんでも空の色に似ているからなんだって。
想くんは意外とロマンチストなのかなって勝手に思ってる。
想くんからの紙飛行機にワクワクと心が躍っているのが自分でもわかる。
なんて書いてあるのかな。
想くんの言葉はなぜだかわたしの心に染み渡るんだ。
そんな不思議な力がある。
破れないように丁寧にゆっくりと広げて文字を読む。
“急がなくていいよ。ゆっくり自分のペースで。
誰がなんと言おうと紗那ちゃんは紗那ちゃんで、他の誰かと比べなくていい。
紗那ちゃんが信じたいと思ったものを信じればいい。
ただ、これからは愛のある言葉だけに耳を傾けて。
一度傷ついた心は二度と元には戻らないんだから”
想くんが紡ぐ言葉はどれも泣きたくなるほど優しくてあたたかい。
その温かさがじんわりと広がってわたしの傷ついた心をそっと癒してくれるんだ。
もう二度と誰の言葉も信じられずに受け入れられないと拒否していたのが嘘みたいに。
わたしはわたしでいい。
誰かと比べる必要なんてない。
想くんに言われるとなんだか元気が出てくる。
愛のある言葉だけに耳を傾ける、か。
確かにわたしは出会った人たちのすべての言葉に耳を傾けていた。
いい言葉も悪い言葉も。全部。
その結果、わたしの心は壊れてしまった。
想くんの言う通り、二度と元には戻らないと思う。
例えば新品の綺麗な紙があってそれを人の心だとする。
だけどそれを一度ぐしゃぐしゃして広げたってもう元の状態には戻らない。
ずっとぐしゃぐしゃで傷ついたまま。
それが人の心の傷。どれだけ時間が経とうが元には戻らない。
その傷が薄くなることはあっても、消えることはない。
ふとした時に思い出してしまうこともあると思う。
それくらい、いい意味でも悪い意味でも言葉には恐ろしい力があるとわたしは思い知った。
返事は明日に飛ばそう。
なんて書こうかな。
涙をいっぱい溜めながら両手で目を抑え、わたしは想くんがどんな人なのか頭の中で勝手に思い浮かべていた。
入院生活が始まって半月が経ったある日。
「紗那ー!久しぶり!」
わたしの病室の扉が一人の女の子の手によって豪快に開かれた。
ニコニコと嬉しそうに口角を上げながらスキップで病室に入ってくる彼女は親友の茉凛。
そんな茉凛に向かってわたしは久しぶりの意味も込めて、笑いながら手を振った。
茉凛はずっと面会したがっていたけれど、部活が忙しいみたいでなかなか時間が作れなかったらしい。
ただ、入院してからもずっとこまめに連絡はくれていた。
わたしのトークアプリには彼女の名前と両親しかいない。
以前まではたくさんの名前で溢れていたけれど、一度アンインストールしてからもう一度インストールしたからその名前たちはもうない。
【茉凛!来てくれてありがとう!】
わたしはメモにそう打ち込んで彼女に画面を見せると、ぱぁっと花が咲いたように笑い、
「やっと来れた!紗那に会えて嬉しい!!」
と、思い切り抱きしめてきた。
だからわたしもその華奢な体に手を回した。
茉凛にはたくさん心配かけちゃったなぁ。
彼女は声が出なくなっても何も変わらずに接してくれて、本当はめんどくさいはずなのに文句を一つも言わない。
そんな彼女の気持ちまで疑っているわたしは正真正銘の最低人間だという自覚はある。
く、苦しい……。
抱きしめてくれるのは嬉しいけど、だんだん苦しくなってきた。
わたしは少し力を緩めてもらおうと彼女の背中をポンポンッと軽く叩く。
だけど、わたしの耳に届いたのは「ぐす……っ」と鼻をすする音だった。
ええ……!?泣いてる!?
わたしは急いで身体を引き剥がそうとしたけれど、茉凛はより抱きしめる力を強めたので泣いているのか確認できない。
「紗那だ。ほんとに紗那がいる。よかった……っ」
涙で震えた声で彼女はそう言った。
その瞬間、茉凛がどれほど自分のことを心配してくれていたのか思い知って胸がぎゅっと締め付けられた。
茉凛とは別のクラスだからわたしに何があったのかはクラスの子たちから聞いたんだろうな。
わたしからは心配をかけたくなくてそんなに詳しく言わなかったから。
わたしはごめんね、と言う意味も込めて茉凛の背中を優しく摩った。
「ごめんね、気づいてあげられなくて……っ。紗那が壊れちゃう前に救ってあげられなかった。ほんとにごめん」
茉凛は肩を小刻みに震わせて、何度もわたしに謝罪の言葉を述べる。
茉凛が謝ることなんて何もないのに。
全部、わたしが悪いだけなのに。
わたしが弱かったから、だから壊れてしまっただけ。
茉凛が自分を責める必要なんてどこにもない。
しくしく、と静かに泣いている茉凛をそっと引き離して目を合わせた。
大きな目を真っ赤にさせてわたしなんかのために泣いてくれている親友。
【ありがとう、茉凛。わたしは茉凛がいてくれるだけで楽しくてそんな楽しい時間をわたしなんかの暗い話で潰したくなかったんだ】
わたしは茉凛に対して正直な気持ちをメモに打ち込んで彼女に見せた。
あの時のわたしは確かに壊れかけていたけれど、茉凛がいつも嬉しそうにわたしと一緒にいてくれたからあの時間は当時のわたしの中で唯一楽しい時間だったんだよ。
だからこそ、その唯一の楽しい時間をわたしの暗い話で奪われるのに抵抗があったんだ。
今までずっと言えなかった。
でも、やっとこうして口にできたのはきっと想くんのおかげ。
彼がくれる言葉が勇気をくれた。
”愛のある言葉にだけ耳を傾けて。”
その言葉通り、わたしは愛だけが詰まった茉凛の言葉に耳を傾けてみたのだ。
実際にそうしてみると、あれだけ受け入れられなかった人の言葉がなぜかするりと受け入れられた気がする。
今まではすべて疑ってかかってしまっていたからなのかもしれない。
わたし自身が受け入れようとしていなかったから。
それでも、少しずつわたしは前に進めているように思う。
急がなくてもいいと想くんが言ってくれたから。