「私には、兄が何を考えているのか分かりません」

フユリ様は、素直な本音を口にした。

一国の女王たる者が、何を弱気なことを…と思われるかもしれないが。

むしろ、私はそんな彼女が好ましいと思う。

自分の弱みを素直に口に出来ることは、時に至上の強さになるからだ。

私は、そのことをよく知っている。

同時に、本音を口に出来るほど、私に気を許してくれているのだと思うと嬉しかった。

「実は…こうして会談の機会を設けてくれたことにさえ、困惑しているのです」

「…お気持ちは分かりますよ。私も、…正直、もっとごねられると思ってましたから」

そもそも何故、今日、こうしてフユリ様とナツキ様の会談が開かれようとしているのか。

その理由は、フユリ様が出した決闘の条件にある。

フユリ様は決闘の条件として、こちらが勝ったら「ナツキ様と直接会って話をすること」を望んだ。

領土の割譲でも、権益の譲渡でもなく。

ただ、顔を合わせて、同じテーブルに座って、面と向かって話をすることを望んだのだ。

いかにもフユリ様らしい。

「私もそう思っていました。兄と対話をすることを望んだのは私です。私には兄が何を考えているのか分からなかったから…。会って、直接聞きたいと思っていたのです」

「はい」

「でも、兄がそれを望んでいないのは明らかです。決闘の条件だったとはいえ…そう簡単に、兄が私と同じテーブルに着いてくれるとは思いませんでした」

…そうだね。

何だかんだ理由をつけて、もっと先延ばしにするものかと思っていた。

対話が実現したとしても、それは一ヶ月先か、三ヶ月先か…あるいはもっと先のことになるだろうと。

それなのに、ナツキ様は思いの外潔かった。

理由をつけて逃げるような真似はせず、すぐにフユリ様と会談することを決めた。

もっとごねられると思っていただけに、これには拍子抜けだった。

嬉しい誤算と言うべきなのだろうが。

素直に応じてくれたら、それはそれで、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

…良くないよね、人を疑うのは。

「…きっとナツキ様も心を入れ替えて、これからはルーデュニア聖王国と友好的な関係を築こうと…」

「それは有り得ないでしょう。兄の気質からして」

「…ですよね」

甘い言葉でフユリ様を励まそうとしても、彼女には通じない。

我ながら、つまらないことを口にしてしまった。

「あの」ナツキ様が、そう簡単に態度を和らげるとは思えない。

あれほど強硬な手段を用いて、無理矢理、力で押し潰すかのようにルーデュニア聖王国をやり込めようとしていたあの方が。

決闘で負けたからと言って、殊勝な態度を取るとは思えない。

…それだけに、素直に会談に応じてくれたのが疑わしいって言うか…。

…フユリ様の不安も、理解出来るというものだ。

「…こればかりは、会って話してみなければ分かりませんね」

「はい…。少しでも兄の真意を図れると良いのですが」

「大丈夫です、フユリ様…。御身に何かあれば、私がお守りします」

その為に、私が同席するのだから。

いや、まぁ…私もナツキ様の顔を見て話したい、からでもあるのだけど…。

「ありがとうございます。ですが…あなたは聖魔騎士団に、そしてイーニシュフェルト魔導学院に、守るべき生徒と仲間達がいるのです。どうか無理はされないように」

「フユリ様…」

「行きましょう。兄が待っています」

フユリ様の心遣いが、心に滲みた。

私より遥かに年下なのに…相変わらず、肝の据わった方だ。

それ故に、何としてもフユリ様の身は守りたかった。

彼女の身を守ることは、すなわち、この国を守ることに繋がるのだから。