分かってきたよ。事態の恐ろしさってものがな。

魔物にとって現世が異界であるように、俺達人間にとって、冥界は異界なのだ。

現世の理屈は通用しない。それどころか…現世と冥界を繋ぐ『門』を通ることが出来るかどうかも怪しい。

仮に『門』を通ることが出来たとして、果たして俺達は、向こう側で生きることが出来るのだろうか。

「少なくとも、向こう側に渡った瞬間に死ぬってことはないと思いますよ」

「本当か…?でも、今、召喚魔導師じゃなかったら死ぬって…」

「ただの人間だったら死にますが…。一応、僕らはそこそこの魔導師なので。魔力を全身に巡らせれば、捜し物をするくらいは出来るでしょう」

ここにいるのは、魔導師大国であるルーデュニア聖王国でも、選りすぐりの精鋭達なんだぞ。

それでも、冥界においては「そこそこの魔導師」扱いなのか。

…ますます恐ろしい。

果たして『門』を渡って向こう側に行ったとして、何処にあるか分からない竜の祠を探すことが出来るだろうか…?

「…不安になってきましたか、皆さん」

「…それは…」

「無理もないでしょう。現世の生き物である僕らにとって、冥界は禁足地。迂闊に足を踏み入れれば、痛い目を見るどころでは済みません」

「…」

「それどころか、そのまま冥界で命を落とすことになるかもしれない。…冥界で死ぬと悲惨ですよ。あの世にすら行けず、その魂は永遠に冥界を彷徨うことになる」

…ぞくっ。

ナジュの言葉には、迫力と説得力があった。

冗談では済まない。…本当に、ナジュの言う通り…魂だけの存在になって、二度と戻ることは出来ず、永久に冥界を彷徨う羽目になるかも…。

…嫌だよ。当然。そんなの。

俺はここで生きていたい。ここで、イーニシュフェルト魔導学院で、仲間と一緒に。

冥界の幽霊になるなんて、絶対に御免だ。

向こう側に渡るだけで、非常に危険な橋を渡らなければならない。

更に向こう側に辿り着いても、マシュリの心臓が封印されている竜の祠を探すことは、容易ではないだろう。

それに、仮に竜の祠を見つけたとして…そう簡単に、マシュリの最後の心臓を取り返せる保証はない。

神竜バハムートに阻まれ、その場で戦うことになるかもしれない。

神竜族以外にも、冥界にはたくさんの種族の魔物達がいる。

その魔物に襲われないという保証もないのだ。

冥界では、現世の常識は一切通用しない。何が起こるか分からない…。

「そうです。…だからこそ、リリスはなかなか話してくれなかったんです。…この方法は、あまりにもリスクが高いから」

「…そうだな」

認めよう。

俺もそれなりに、いくつもの試練、ハードルを超えてきたつもりでいたけれど。

今回のこれは、これまでのものとは明らかに異質で、そして危険だ。

冥界の恐ろしさに比べたら、童話シリーズの『不思議の国のアリス』なんか、全然雑魚だな。

今となっては、巨大アリスの巨大りんご砲が可愛く思えてきた。

「その巨大アリス、倒したのは僕ですけどね」

「…覚えてるよ…」

その節はどうも。

でも、今はその話は脇に置いといて。