「折角、羽久が思い出させてくれたから…。チョコ、食べよっか」

「あぁ…」

そうしろ。

シルナは、自分の引き出しのチョココーナーから、箱入りの高級チョコレートを取り出した。

普段は滅多に食べない、お高いチョコである。

大事に大事に、ちまちまと毎日一粒ずつ食べている…はずが。

ナジュや令月やすぐりの悪戯により、こっそり盗み食いされて地団駄を踏んでいる、あのチョコ。

イレースに、「パンダの餌に高級品なんて必要ありません。そこら辺のササか、5円チョコで充分です」と、冷ややかに言われた…あの高級チョコである。

良いよ。今回ばかりは。

誰にも文句は言わせない。高級チョコ、何粒でも食べて良いよ。

そのくらい俺が払ってやる。

それで少しでも、シルナの心が慰められるなら…何でも良い。

…しかし。

「…」

「…?どうした。食べないのか?」

「…いや…」

大好物であるチョコレートを前に、シルナは一粒摘んで、躊躇うように指先で弄んで…。

そして、口に入れることなく箱に戻した。

…えっ…。

「不思議だね。…全然美味しそうだと思えないや」

…重症。

これは重症だぞ。

「あの」シルナが、チョコレートを前に「美味しそうだと思えない」とは。

病気だ。不治の病だぞこれは。

「羽久…。また私に失礼なこと考えてるでしょ…」

「シルナ…。お前疲れてるんだよ。俺が見張っててやるから、お前の方こそ休め」

寝不足だ。どう考えても。

少しでも眠って、英気を回復させなくては。

「いや…羽久が先に休んでおいでよ。私は大丈夫だから」

「何が大丈夫なんだよ。全然、何も大丈夫じゃない」

40℃を表示した体温計を前に、「熱なんて全然ありません!」って言ってるようなもんだぞ。

高熱だよ、馬鹿。寝ろ。

「それに…休もうと思っても休めないよ」

「…それは…」

「…」

…シルナは、無言で俯いてしまった。

…分かるよ。今、お前が何を考えてるのか。

「…マシュリのことだろ」

「うん…。まだ、信じられなくて…」

うん、分かる。

俺だって同じ気持ちだから。

俺だけじゃなくて…学院の仲間達は皆、同じ苦痛を味わっている。

「こんな事態に陥る前に…。出来ることがあったんじゃないかって…」

「…あぁ…」

「神竜族が、マシュリ君を粛清しようとしている…ことは、分かっていたはずなんだ。もっと用心していれば…。私がもっと…ちゃんと考えて、マシュリ君の為に出来ることを全部、ちゃんとやっていれば…」

「…」

「マシュリ君は死なずに済んだんだ。…そう思わない?」

思うよ。俺だって。

こうなる前に、もっと何か、出来ることがあったんじゃないかって思ってる。

でも、それはシルナ一人の責任じゃない。