今の私達では、裏切り者に及ばないから。

私が頑なに反対する理由は、それだけではない。

「よく考えてみてください。私達が直接、シルナ・エインリーの前に姿を現せばどうなるか」

「何を…」

「あの裏切り者には、数多くの仲間、味方がいます。私達がシルナ・エインリーを滅ぼそうとすれば、必ずその仲間達が止めに入るはずです」

裏切り者シルナ・エインリー一人だけでも、力が万全でない私達には手に余るというのに。

更に、裏切り者を庇う仲間達にまで抵抗されれば、どうなるか。

「雑兵など何匹集まったところで、我々の敵ではない。力で捩じ伏せれば…」

「その結果、無関係の多くの人間の命が失われることになっても、ですか?」

「…」

私達とシルナ・エインリー達がぶつかれば、それはさながら、古の聖戦の再現となるだろう。

当事者である、私達とシルナ・エインリーのみならず。

無関係な多くの人間。生き物の命が失われてしまう。

のみならず。

強大な力と力のぶつかり合いは、大地を焼き、実りが失われ、そして命を奪うことに繋がる。

私達は決して、それを許してはならない。

一人の裏切り者を粛清する為に、無関係な多くの命を巻き添えにすることだけは。

「これまで通りのやり方を進めるべきです。決して、無関係の命を巻き込むことがないように…」

「…それが、我らの主の意志だと?」

「私は、そう信じています」

無駄な血が流れること。命が失われること。

それは決して、正しい正義なとではない。

主もまた、自分の名のもとに無関係の人間の命が奪われることを望んではいないはず…。

…それでも、仲間達は納得しなかった。

「どれほどの犠牲を払おうとも、偉大な神の権威を前に、正しき裁きが下されること。これこそが真に、主の御意志ではないのか」

「その通りだ。例えそれで無関係の命が失われようと…それが神の鉄槌を下す為に必要な犠牲なら、主は彼らの魂を祝福するであろう」

「…馬鹿なことを」

正義を行う為に、無関係の命を犠牲にする?

それが正義だと言うのか。…神の名のもとに。

「何人たりとも、神の名を騙ることは許されません。…例え、神に選ばれた私達でさえも」

「その通りだ。神の御意志を、我々に量ることは出来ない。…神が何を望まれているのかも」

その為に、神の愛したこの世界に、再び聖戦の再現を引き起こすと言うのか。

それこそ、主の望まれることではない。

「あなたがなおも躊躇うと言うのであれば、最早あなたの力は借りない」

それは、仲間達から私への最後通牒だった。

「我々だけで、正義を執行する。…我らが主、聖神ルデスの名のもとに」

…どうしても、ということか。

私がいくら説得しても、これ以上耳を貸してはくれそうになかった。

…残念です。

「…では、最後に一度だけ。もう一度だけ待ってはもらえませんか」

「…何?」

「種はまだ蒔いてあります。この種が実るか、摘み取られるか…。粛清を執行するのであれば、それを見届けてからにしてください」

「…良いだろう」

仲間達は、私の訴えに渋々ながら頷いた。

「では、これが最後だ。…この種が実らねば、我々は直接粛清を行う。それで良いな?」
 
「…はい」

これが最後のチャンス。

無関係の人間を巻き込まずに事態を収束させる、最後の機会なのだ。