…しばしその場で、全員言葉もなく放心したようになっていたが。

最初に沈黙を破ったのは、ナジュだった。

「…こうしていても仕方ありません。まずは…遺体を別の場所に移しましょう」

こんな時でも、ナジュは至って冷静だった。

…移す…別の場所に?

更に、次に口を開いたのは。

「そうですね。じきに、生徒達が起きて、校舎に登校してくる時間になります。これを見られる訳にはいきません」

イレースだった。

イレースもまた、いかなる時でも冷静だ。

相変わらず、腰が砕けて立ち上がれない俺とは大違い。

「地面から血を洗い流して、元通りにしておかなくては…」

「…!そんなことしたら、手掛かりが…。マシュリさんをこんな…こんな風にした犯人に繋がる手掛かりが、一緒に洗い流されてしまうよ」

肩を震わせて嗚咽を漏らしていた天音が、顔を上げて反対した。

その通りだ。この凄惨な現場は…今すぐ消して、なかったことにしてしまいたいけれど。

そうは行かない。ここに…マシュリをこんな風にした犯人の手掛かりがあるかもしれないのだ。

今は薄暗いから、周辺まではっきりとは見えないけれど。

明るくなれば、他に見えるものもあるかもしれない。

でも、そうなると…。

「生徒に見られる訳にはいかないでしょう」

学院の敷地内で死体が出たなどと知られたら、生徒を巻き込んでしまったら、俺達だけの問題じゃ済まない。

「でも、でもマシュリさんが…」

「…大丈夫だよ、天音君」

なおも反対しようとする天音を、シルナが止めた。

…シルナ…。

さっきまでずっと沈黙して、何かを考えているような表情だったが。

今のシルナは、天音を安心させるように、口元に微笑みを浮かべていた。

「この場所に幻覚魔法をかけて、元通りに見えるように細工するよ。そうすれば、現場はこのままで…生徒達には何も気づかれない」

「…あ…」

…その手があったか。

シルナ、よく思いついたな。

俺、今は全く頭が働かないよ。

「ただ…その、亡骸は…別の場所に移してあげよう。いつまでもこのままじゃ…マシュリ君も落ち着かないだろうから」

慎重に言葉を選びながら、シルナが言った。

…反対する者は、誰もいなかった。

「…じゃあ、僕が運ぶよ」

「俺も手伝う」

誰が遺体を動かすか、と議論するまでもなく。

令月とすぐりが、自らそう名乗り出た。

二人共、元の職業柄、死体の扱いには慣れている。

二人なりの気遣いなのだろう。俺達がマシュリの亡骸に触れるのは、あまりに辛いだろうと思って。

だが、今の俺は、そんな令月達の気遣いに応えることも出来なかった。

「…ありがとう、令月君。すぐり君。…でも、私が運ぶよ」

そう言って、シルナがマシュリに手を伸ばした。

「…良いの?死体は重いよ」

「…うん、分かってる」

小さく頷いて、シルナはマシュリに突き刺さっていた銀色の剣を、順番に抜いていった。

剣を抜いても、もう新たな血はほとんど流れてこなかった。

7本の剣を抜かれ、ようやく自由になったマシュリの身体を、シルナがそっと抱き上げた。