救命措置を取る必要はなかった。

無駄だからだ。

既に事切れた相手に、何をしてあげられることがあろうか。

彼の命は、既にこの世のものではなくなっていた。

「…」

僕は、そっと死体の傍に膝をついた。

黒装束が血に濡れたけれど、全然気にならなかった。

…顔は、綺麗なままだった。

首から上は、綺麗なまま…でもそれ以外の場所は…首から下は、原型を留めていなかった。

身体中、7箇所に銀色の剣が突き刺さっていた。

空から見たら、画鋲を使って地面に刺しているかのようだった。

「…」

僕は、死体の顔を見た。

何かを訴えるように、見開かれた目。

その目からは、既に生気が消えていた。

死者の目。…見慣れた目だった。

死んでしまったからには、もうこれ以上、苦しい現実を見る必要はない。

僕はそっと手のひらを差し出し、死体の両目を閉じさせた。

…おやすみ。

「…どうしよう。これから」

僕はマシュリの死体を見下ろしながら、『八千歳』に尋ねた。

僕達が、遺体の第一発見者…ってことで良いんだよね。

だとしたら、この後の行動は考えなければならない。

周囲に人影はなく、殺気や敵意も感じない。

マシュリを殺したであろう「襲撃者」は、既にこの場から立ち去ったものと考えて良いだろう。

今すぐ、この場で犯人の追跡は難しい。

それに何より、人間とケルベロスのキメラであるマシュリ・カティアを、これほど完膚なきまでに八つ裂きにしたのだ。

僕と『八千歳』が追跡して、例え見つけたとしても。

無策で挑むには、少々無謀が過ぎるだろう。

「襲撃者」の素性も手の内も分からないのに、勝負を挑むのは危険だ。

じゃあ、どうするか。

死体を…このまま放置しておくことは出来ない。

「場所…何処か、別のところに連れて行くべきかな」

「万一、生徒達に死体を見られたら困るよねー」

僕達は見慣れてるから全然大丈夫だけど、他の生徒達が見たらトラウマモノだよね。

今は深夜だから、生徒達は学生寮で夢の中だろうけど。

もうすぐ、この後夜が明けたら…登校してきた生徒達が目撃する可能性があった。

そうなる前に、死体を別の場所に移すべきだろう。

…でも、その前に…。

「俺達で何とかしよう…と言いたいところだけど、これはさすがに…手に余るよねー」

「…うん、そうだね」

…じゃあ、やっぱり考えられる選択肢は一つだね。

「…呼んでこよう。学院長達を」

彼らがこれを見たとき、どんな顔をするだろうかと想像したら、非常に気が重かった。