部屋の中に罠が張ってあるのではないか、と警戒したが。

案内された部屋の中には、人っ子一人いなかった。

豪奢なソファとテーブルが並んだ、ルーデュニア聖王国王宮の客室に似た、広い部屋だった。

まるで俺達が来るのを待っていたように、テーブルの上には人数分のティーカップが、湯気を立てていた。

しかも、テーブルの上にはティーカップだけではなく。

「聞くところによると、聖賢者殿は甘いものが特別お好きだということで。特別に作らせた菓子をご用意しました」

「えっ」

…いかにもシルナが好きそうな、特大のチョコレートケーキが鎮座していた。

すげー甘い匂いするなぁと思ったら…あれかよ…。

「浅はかだな。菓子ごときでシルナを懐柔しようとは、」

「…じゅるっ…」

「おい、釣られんな馬鹿」

懐柔されそうになってんじゃねぇよ。

「しっかりしろ、シルナ」

「…はっ!私は何を…!」

「言っとくがな、敵が用意したケーキなんか、一口たりとも口をつけるんじゃないぞ」

何が入ってるか分かったものじゃない。

あの中に、また『ムシ』の幼体が入っていないという保証はない。

「わ、わわわ分かってるよ!い、いくら甘いもので私をつ、つ、釣ろうとしたってね、そそそそうは行かないんだから!」

…めちゃくちゃ効いてるじゃないか。情けない。

この馬鹿、俺が止めなかったら、釣られて食ってたんじゃねぇの。

すると、ハクロは。

「ご心配なく。毒物の類は一切入っておりません」

この野郎、いけしゃあしゃあと。

「信じられると思うか?…お前らの指示で、ルーデュニア聖王国に『ムシ』をばら撒いた癖に」

「…」

「よくもやってくれたもんだな。今度は何をするつもりだ?今度こそ、ナツキ様をけしかけてルーデュニア聖王国に宣戦布告するつもりか」

そんなことしたら、一体どれだけ沢山の人々が血を流し、涙を流すことになるか。

天使の癖に、争いを誘発するような真似をするのか。

ジロッと睨みつけてやったが、ハクロは涼しい顔をしていた。

それどころか、非常に落ち着いた声で。

「どうぞ、席にお着きください」

あくまで冷静に、俺達を客人としてもてなそうとする。

…ふざけんなよ。

「座ってお話しましょう。私もあなた方にお聞きしたいことがあります」

「…聞きたいこと?」

「あなたのことです。…サリエル」

ハクロが視線を向けたのは、俺やシルナではなく。

同じ天使仲間であるサリエル…リューイだった。