「国境近くまで行ってきましたよ。それが何か?」

相変わらず、全く狼狽えていないイレースさんが、しれっとそう答えた。

なんか悪いのか、と言わんばかり。

「…国境…?またどうして、わざわざそんなところに?」

「あら。だってありきたりな観光地はつまらないでしょう?」

「それはまぁ…そうですが…」

「それに、人通りの多い場所は嫌いなんです」

「そ、そうなんですか…」

さすがイレースさん。相手に有無を言わせない。

これには、車掌さんもたじたじ。

何とかこのまま免れられるか、と思ったが。

「…そちらのお客さんは?先程からずっと黙ってますけど…」

「…うっ…」

イレースさんは手強いと感じたのか、車掌さんのターゲットが天音さんに移った。

…不味いですね。この中で一番、嘘をつくことに慣れていない人が。

「何処か体調でも崩されたのですか?」

「い…いえ…その…」

目が泳いでますよ、天音さん。

ピンチですね。でもご安心ください。

ここは、大親友の僕が助けに入るところでしょう。

「済みません、彼は今、付き合っていた彼氏にフラれたばかりで傷心中なんです」

「えっ、彼氏…!?」

「え、ちょ、な、ナジュく、」

ぎょっとしてこちらを振り向こうとした天音さんの足を、イレースさんがゲシっ、と踏んで止めた。

ナイスフォローですよ、イレースさん。

「この旅行は元々、失恋した彼を慰める為に企画したんですが…。5年間貢いだ彼氏に三股かけられてフラれた悲しみは、旅行くらいじゃ癒えなかったみたいです。そっとしておいてあげてくれませんか?」

「えっ、えぇ…えぇと…」

言葉に困った車掌さんは、しばし視線をぐるぐると彷徨わせ。

…それから、可哀想なものを見る目で天音さんを見て。

「…えぇと、それはお気の毒でしたね…」

同情された。

天音さん、涙目。

「まだ、何か用ですか?」

「あ、いえ…。もう結構です。失礼しました…」

ようやく、疑わしげな車掌さんを撃退。

…無事に難を逃れたようですね。

「ふぅ…。危ないところでした…」

「完全に怪しまれていましたね」

「えぇ。これは不味いかもしれません」

「…」

「…どうしました天音さん。そんな遠い目をして」

隣を見ると、天音さんが放心していた。

「…あのね、ナジュ君…。咄嗟に…フォローしてくれたのは嬉しかったんだけど…それはありがとうなんだけど…」

「…何か、問題でもありましたか?」

「いやっ…えっと、うん…。問題って言うか…」

…言うか?

「…せめて、『彼女』って言って欲しかったな…」

それは済みませんね。じゃあ、次からはそうしますよ。