しばらくはそのまま、平穏に時間が過ぎていったのだが。

列車に乗って一時間ほど経った頃、最初の試練が訪れた。

がらり、と車両の扉が開いたかと思うと。

列車の車掌さんが、歩いてくるではないか。

窓の外を眺めていた僕も、新聞を読んでいたイレースさんも、寝たフリを決め込んでいた天音さんも。

これには、眉をぴくっと動かして反応した。

…不味いですかね。これは。何かバレた感じですか?

…と、一瞬警戒したが。

咄嗟に車掌の心を読んで、確認したところ。

「…大丈夫です。切符確認です」

僕達を怪しんだ車掌が、捕まえに来たのではなく。

ただ単に、乗客の持つ切符を確認して回っているようだ。

その証拠に、車掌さんは近くに座っている乗客に、順番に切符の提示を求めていた。

良かったですね。

とはいえ、ここで怪しまれては本末転倒。

スマートに切り抜けなければ。

「ど、どうしようナジュ君…」

早速狼狽えまくっている天音さんである。

切符を見せるだけなんだから、そんなに怯える必要はないんですけどね。

生来正直な人ですから、後ろめたい気持ちを抱えていることを、涼しい顔して誤魔化すことが出来ないんでしょう。

「あなたは寝たフリを続けなさい。私達が見せます」

天音さんに巧妙な演技は無理と判断したイレースさんが、こっそり天音さんの切符も受け取った。

良い判断です。

「わ、分かった。ごめん…」

「マシュリさんも、出来るだけ動かないように」

「借りてきた猫のように大人しくしてるよ」

宜しくお願いします。

やがて、車掌さんが僕達の席にもやって来た。

「切符を拝見致します」

「はいはい、こちらです」

「彼の分も」

僕は自分の切符を、イレースさんは自分の分と、身振りで天音さんの方を指して、天音さんの分の切符を出した。

「ありがとうございます」

車掌さんは切符を受け取って、確認していた。

…どうやら、怪しまれてはいないようですね。

「はい、確認致しました」

「ありがとう」

そのまま、車掌さんは切符を返してくれた。

それから、ちらり、とキャリーケースの方を見た。

そこには、大人しく身動ぎしないマシュリさん。

もしかして怪しまれているのではないかと、現在の車掌さんの心の中を覗いてみると。

「猫なんて連れてきやがって…。旅行客か?…まぁ、大人しくしてるみたいだから良いか…」とのこと。

どうやら、怪しまれている訳ではなさそうですね。

マシュリさんが大人しくしててくれて助かった。

そのまま、車掌さんは僕達の傍から離れて、別の乗客のもとに向かった。

…ホッ。

どうやら、難を逃れたようですね。