――――――…その日の夜、僕と『八千歳』はいつも通り深夜のパトロールを行なっていた。

…思えば、僕達が現場に居合わせていれば、また何かが違っていたのかもしれない。

とはいえ。

あの時、マシュリが相対した敵の正体を知っていれば。

僕達が現場に居合わせていても、多分、死体の数が一つから三つに増えていただけの話だ。

だったらやっぱり、これで良かったのかもしれない。

「…何だか、今日は嫌な感じがするね」

暗闇の校舎を歩きながら、僕はポツリとそう呟いた。

いつも通り、学生寮の窓から飛び出した…までは良かったのだけど。

校舎の見回りをしながら、段々と雲行きが怪しくなってきた。

空気がひりついているような…。緊張しているような…そんな嫌な感じ。

特に理由がある訳じゃない。ただ、そんな気がするというだけ。

だけど、こういう自分の第六感的な本能には、可能な限り従っておくべきだと、これまでの経験で学習している。

こういう嫌な予感がする時は、大抵、後で痛い目を見ることになるのだ。

僕の考え過ぎ、気の所為であって欲しかったのだけど。

「あ、やっぱり『八千代』もそう?実は、さっきから俺も変な感じしてるんだよねー」

あ、そうなんだ。

僕だけじゃなかったんだ。良かった。

「暗殺の仕事の時コレを感じたら、大抵碌でもない目に合うんだよねー」

「うん」

凄くよく分かる。

暗殺者あるあるだね。理由は分からないけど、上手く行かない予感がする。

そんな時無理すると、大抵酷い目に遭うんだよ。

だからって撤退したら仕事にならないから、結局無理をするしか選択肢がないんだけど。

そのせいで、今まで何度背筋が凍る思いをしたことか。

こんな暗殺者あるあるを語れるのは『八千歳』だけで、他の人に通じないのが残念である。

「何だろーね?また誰か学校に忍び込んだ?」

「分からない。『八千歳』は何処から感じる?」

「うーん…。強いて言うなら…外かな?」

「やっぱりそう思う?」

今歩いている校舎内じゃなくて、学校の校舎の外から感じる。

異様な気配。近寄り難い気配を。

藪をつついて蛇を出すという言葉があるように、敢えて自ら危険に身を晒す必要はない。

ろくな目に合わないことは分かっているのだから、近寄るべきではない。

…これが普通の人なら、ね。

僕も『八千歳』も、あんまり普通ではないから。

何より、危険に身を晒すのが他の誰かだったら、それはきっと、僕らが危険な目に遭うよりずっと悪いから。

例え何が現れたとしても、『八千歳』と一緒なら大丈夫だよ。多分。

あ、でも。一応先に聞いておこう。

僕は窓に足をかけて、『八千歳』に振り向いた。

「…行くよね?」

「あったりまえじゃん。誰に言ってんの?」

だよね。愚問だった。

「じゃあ、行こっか」

「よし、行こー」

鬼が出るか蛇が出るか。はたまたもっと別のものが出てくるか。

これまで様々な困難を二人で乗り越えてきた。

『八千歳』と一緒なら、恐れることは何もない。