マシュリの情報は確かだった。

アーリヤット皇国との国境を隔てる川の近くに、密入国の橋渡しをするブローカーが存在した。

言うまでもなく犯罪行為なので、あまり詳しくは語れないが。

そういう人達を金で雇って、川を渡る船を出してもらった。

報酬を払えば、仕事はきっちり果たしてもらえるから大丈夫だ、とマシュリは請け負ったが。

それでも、さすがに心配だった。

川を渡ってる途中で、船頭が裏切ったら?

アーリヤット皇国側の国境警備隊に、川を渡ってるところを見られたら?

また、裏切りにも遭わず、姿を見られなかったとしても。

このオンボロな船が、果たしてこの川を無事に越えられるのか。

途中で浸水して、転覆したりとかしない?

などという、色々な不安に駆られていたせいか。

船酔いはしなかったものの、ずっとヒヤヒヤしていて気が気じゃなかった。

無事に川を渡りきり、ようやくアーリヤット皇国の領土に辿り着いた時は、心の底からホッとした。

良かった。無事に、再び大地を踏みしめることが出来た。

正直、もう当分船旅は御免だよ。

例え豪華客船でも嫌だ。俺は陸に生きる。

「何だか…。ここに辿り着くまでに、げっそり疲れたな…」

「うん…。こんな時こそ、チョコレートの甘い糖分が身体に染み渡るよ…」

などと言いながら、リュックからチョコレートを取り出して、口に放り込むシルナ。

こんな時でもお前は、チョコレートを食べずにはいられないのか。

あっぱれだな。

正直俺は、目の前にステーキディナーを用意されても、喉を通りそうにないよ。

それくらい、どっと疲れた…けれど。

「何、気を抜いてるんです。今ようやく目的地に到着したんですよ。ここからが本番でしょう」

既に脱力していた俺とシルナと天音を、イレースがジロッと睨んだ。

うっ…。

「ここは国境沿いだから大丈夫だと思うけど、皇宮のある皇都は人通りも多いから、姿を見られないように気をつけないと」

と、マシュリ。

気を抜いてる場合じゃないってことだな…。

「姿を見られないように、と言っても…限度があるだろ…」

完全に姿を消すのは無理だぞ。元暗殺者組じゃあるまいに…。

すると。

「しろーとの学院長せんせー達の為に、良いもの持ってきたよ」

「僕も」

すぐりと令月が、風呂敷包みを開きながら言った。

何?良いもの?

その風呂敷、何が入ってるのかと思ってたが…。

「はい、ほら。変装グッズ」

「えっ…」

「狐の面、天狗の面、鼻メガネ、アフロのウィッグ、ちょんまげ。あとぐるぐるメガネ」

「小道具用に、蛇の目傘と扇子もあるよ」

無駄な準備の良さを披露していくスタイル。

ありがとう。隠密行動に慣れてない俺達の為に、令月とすぐりなりに、色々考えて用意してくれたんだろうな。

その気持ちはとても嬉しいけど。

「逆に目立つだろ、それ…」

道のど真ん中で鼻メガネかけて歩いてる奴がいたら、誰だって二度見するよ。

多分、罰ゲームかな?って思う。

余計な視線を集めそうだから、それなら無変装の方がまだマシだよ。