僕は驚いて、声のした方に振り向いた。

そこに立っていたのは、小柄な女性の姿だった。

真っ赤な、紅蓮色の長い髪をした女性。

全く見覚えのない人物。

…まさか、僕が気づかないなんて。

足音もしなかった。気配も、体臭も、全く感じなかった。

こんなことは初めてだった。

まるで、人間じゃない生き物…。

「…何をするつもりなのか知らないけど」

僕はゆっくりと立ち上がって、そう言った。

「君達の好きにはさせない。学院長達を…仲間を…守らなくては」

学院の侵入者を、野放しにはしておけなかった。

ましてや、あんなモノを見せられた後では…。

この人が何者だとしても、僕は僕の存在を見てくれた仲間達を守る為に、

「…ごめんなさい。あなたに恨みはありません」

そう言って、赤い髪の女性は、すらりと銀色の剣を抜いた。

…あれは…?

「ですが…蒔いた種が芽吹く前に、摘み取られては困るのです」

「…蒔いた…種?」

じゃあやはり、ルーデュニア聖王国全土に「コレ」を持ち込んだのはこの女なのか。

「この世界に生きる、大勢の命を守る為に…。…犠牲になってください」

「…!」

爆発的な、強い殺気を感じたと思ったら。

既に、僕の心臓に深々と剣が突き刺さっていた。

「ぐっ…!…っ…!?」

刺された胸を押さえて、その場に膝をついた。

見えなかった。姿が。全く。

冗談じゃない。ケルベロスの目を持つ僕の目に追えないなんて。

すぐに分かった。目の前にいるこの女は、人間の枠組みを超えている。

まともに戦って、相手が出来る存在じゃない。

自分自身も人外生物みたいなものだから、よく分かる。

でも、この人は…僕以上だ。

「すぐには死ねませんか…。そうか、あなたは竜族の血を引いているのでしたね」

剣についた血を払って、赤い髪の女が僕を見下ろしていた。

「聞いたことがあります。竜族には心臓が7つある、と」

…よく、知ってるね。

その通りだ。神竜バハムートの血を引く僕には、心臓が7つある。

驚異的な生命力と再生速度は、その7つの心臓に支えられている。

学院には、心臓が一つしかないのに不死身な人間がいるから。

7つの心臓なんて大したことないと思って、殊更仲間達に自慢したことはないが。

例え一つ二つ心臓が止まっても、7つのうち一つでも心臓が動いていれば、どれほど肉体を破壊されようが、再生することが可能だ。

…いや、でも僕の場合は…。

本当は、7つじゃなくて…。

…悠長に考えていられたのは、そこまでだった。

「ならば…申し訳ありませんが、7つ全てを破壊させていただきます」

「…!」

再び強い殺気を感じて、ともかく反撃しようと、咄嗟に肉体を『変化』させた。

学院長が僕にくれた、賢者の石の指輪が宙を舞った。