――――――…皆が無事で良かった、か。

聖賢者殿は、『ムシ』に洗脳された仲間達が自分に襲いかかってきたことについて、一切彼らを責めなかった。

むしろ、洗脳が解けたことを素直に喜んでいた。

私には不思議でならない。

彼ら自身は、全く気づいていないようだが。

仲間達の身体の中に『ムシ』が巣食っているという話を、私から聞かされて。

彼らは一度も、「だったら殺そう」とは言わなかった。

『ムシ』ごと宿主である人間を殺してしまえば、それが一番手っ取り早い解決方法だった。

誰でも思いつく、簡単な方法のはずだった。

それなのに彼らは、一度としてその方法を口にしなかった。思いついてもいないようだった。

聖賢者殿は最初から、あくまで、仲間を助ける方法を考えていた。

それがどれほど困難な道だろうと、自分の身を危険に晒そうとも。

聖賢者殿は一貫して、何とか仲間を助ける手段を模索し、そしてその方法を見つけ。

こうして、見事仲間達全員を、正気に戻したのである。

しかも、助けてやった仲間達に対して、一切恩着せがましく振る舞うことはなかった。

聖賢者殿の顔は、ただただ、心から安心したようで。

仲間が無事で良かった、助けることが出来て良かった。彼の中にあるのはそれだけだった。

これが、嘘偽りのない、聖賢者殿の本当の姿。

…智天使様が何故、私に聖賢者殿を観察するよう頼んだのか。

今らなら、その理由が分かる気がした。

この男は、確かに罪人だが。

しかし、決して悪人ではない。

ならば…まだ、救いはあるはずだ。

「…」

無事に仲間を取り戻した喜びに湧く、聖賢者殿達をしばし、じっと見つめ。

私は、彼らに気づかれないようにそっと姿を消した。

今も私の目を通して、聖賢者殿を見ている智天使様のもとに戻る為に。