やっぱり気の所為なんかじゃない、と確信した。

はっきりと、その匂いを感じたのだ。

匂いの元は…校舎の方から…いや、校舎の裏の方から漂っていた。

一瞬、僕は逡巡した。

行くべきか。それとも行かないべきか?

明日にした方が良いんじゃないか。明日の朝になって、学院長や羽久達に相談してから…。

「…」

…でも、いくら説明したとしても、彼らにはこの匂いが分からない。

それに…彼らは今、僕のせいで既に充分、いくつもの厄介事を抱えているのだ。

僕が解決出来ることなら、彼らに頼らず一人で解決したかった。

「…」

僕は窓枠に足を乗せ、窓の外に飛び降りた。

もし危険を感じたら、すぐに逃げれば良い。

逃げ足の速さはピカイチだと自負している。

僕は匂いの元を辿って、暗闇の中を走った。

段々と、匂いが強くなってきた。

本当に、この匂いは何なんだろう。

これまで嗅いだことがない。冥界でも、現世でも。

生き物の匂いなのか。それとも植物か何かなのか?

そして、何故こんな不可思議な匂いが、このイーニシュフェルト魔導学院にあるのか。

「…ここだ…」

その答えは、校舎裏にある…。

…園芸部の畑にあった。

「…」

…何で、畑?

匂いに導かれるまま、真っ直ぐに走ってきたけど…。

園芸部の畑には、様々な野菜や果物が植えられていた。

よく手入れしているのだろう。水分をたっぷりと含んだ、青々とした植物の匂いがする。

でも…その植物の匂いを妨げるように、強い刺激臭が漂っていた。

その匂いの元は、植物ではなくて…。

僕はその場にしゃがんで、畑の土に顔を押し付けるようにして匂いを嗅いだ。

ここだ。匂いの元。畑の土。

昼間、令月とすぐりが言ってた。畑の土に腐葉土を混ぜた…って。

強い腐葉土の匂いに混じって、その中から土以外のものの匂いがした。

やっぱり、間違いない。

僕は畑の土を一握り掴んで、暗闇の中でじっと目を凝らした。

すぐには見えなかった。

しばし目を凝らして、そして土の中に無数に蠢くものを見つけた。

「…!これ…」

恐らく今、僕の目は猫のように吊り上がっていたことだろう。

人間の目には見えない。虫眼鏡を使っても、多分を見えないだろう。

顕微鏡か何かを持ってきて覗けば、ようやく見えるんじゃないだろうか。

それくらい、小さいモノだった。

僕が獣の血を引いているから、肉眼で見えるだけで…。

一度気づいてしまえば、はっきりと見える。

この匂いだったんだ。猫缶から漂っていたもの、学院長のクッキーから漂っていたもの…。

そして今、こうして園芸部の畑に大量に混ぜられている。

「…不味い…」

非常に不味い事態だ。

何処からこんなものが。一体どうやって。

学院の中まで浸食されているということは、既にルーデュニア聖王国全土に広がっている可能性が高い。

止めなければ。今、すぐに。

恐らくこれが、ナツキ皇王の言う次の矢、






「…困りますね。邪魔をされては」




暗闇の中に、知らない誰かの声が響いた。