夜の時間は、僕にとっては長い静寂の時間である。

そして、非常に退屈な時間でもある。

冥界には昼も夜もない。冥界の生き物は眠らない。

眠る必要がないのだ。

従って、冥界の人間とケルベロスのハーフである僕は毎晩、一人でずっと起きている。

かといって、うるさく学院内をうろちょろするような真似はしない。

大抵、部屋の中でじっとしている。

眠っている人間や、他の生き物の邪魔をしたくないからだ。

夜は彼らの休息の時間。

穏やかな眠りの時間を、尊重してあげたかった。

…まぁ、僕が夜中にうろちょろしているのを、生徒か誰かに見咎められたら困るから、というのも理由の一つなのだが。

それでも。

それでも僕は、その夜、じっとしていられなかった。

「…」

窓に歩み寄り、カーテンを開けて外を見た。

もう、さっきから何度も同じことを繰り返している。

何度もカーテンを開け、何かを探すように外を眺め、そしてまたカーテン閉じ、また開ける…。

いつもは大人しくじっと座っていられるのに、何故か今夜はそれが出来なかった。

「…」

窓越しにきょろきょろと外を見渡してみても、分厚い雲と、時折雲の間から覗くまん丸い月以外には、何も見えない。

そう、何も見えないはずなのだ。

いつもと変わらない、何の変哲もない夜。

…その、はずなのに。

僕はいっこうに、落ち着くことが出来ないでいた。

虫の知らせ、とでも言うのだろうか。

何らかの危機、危険が迫った時、動物が第六感を働かせるように。

突然胸騒ぎがした。理由は分からないけど、上手く言葉で説明が出来ないけど。

「何かがある」という気がしたのだ。

「…」

もう何度目になるか分からない。僕は再び、窓の傍に歩み寄った。

そこから外を眺めるけれど、やはり何も見つからない。

夜行性の動物の声も聞こえない。ただ、時折植物が風にそよぐ音が聞こえるだけだった。

…何なんだろう。この感覚は。

これまで経験したことのない…「何かが起きる」という予感がある。

何故そんな風に思ったのか分からない。

ただ僕は、理屈や理論では説明のつかない「何か」に導かれるような…そんな気持ちになったのだ。

…思えば、その時点でおかしいと感じるべきだった。

せめて、仲間の誰かに声をかけるべきだったのだ。

それをしなかったのは、眠っているであろう彼らを起こしたくないからであり。

…目に見えない「何か」によって、導かれていたからかもしれない。

「…」

もう何度目か分からない。再びカーテンを開けて、窓の外を眺めた僕は。

思い切って、窓の鍵を開けて、窓を全開にした。

途端に、夜のひんやりとした空気が部屋の中に飛び込んできた。

いつもと変わらない、深い静寂…の、はずだったが。

「…!」

夜の冷気と共に、あの匂いが…昼間に嗅いだあの不思議な匂いが、確かに、はっきりと僕の鼻孔をくすぐった。