血飛沫が舞い、怯んだナジュがその場に倒れた。

同時に、血飛沫と共に、肉の塊のようなものが宙を飛んだ。

な、何なんだ?

ともかく、まずはナジュを守るのが先だ。

「ナジュ…!大丈夫か!?」

「…う…」

どうやら、意識はあるようだ。

胸の傷は、早くも塞がりかけていた。

ナジュは元々不死身の身体だから、胸を切り裂かれようが死ぬことはないが。

不死身であることを抜きにしても、マシュリはかなり手加減していたらしく。

念の為にシルナが回復魔法をかけると、あっという間に傷は塞がった。

良かった。

「ナジュ…。しっかりしろ。頼むから正気に戻ってくれ」

「…僕は正気ですよ、羽久さん」

えっ。

「面倒かけましたね…。…随分ややこしいことになってるようで」

このぞんざいな口調…。もしかして、ナジュ。お前…。

「も…戻ったのか?記憶…」

「戻りましたよ。思い出しました」 

「本当に…?」

『ムシ』に操られてるとかじゃないよな?洗脳が解けたフリして襲いかかろうとしてる、とかじゃ。

「心配しなくても、そんな卑怯なことしませんよ」

「…!」

無遠慮に俺の心を読んでくる。

間違いない。

いつもの…俺の知ってるナジュだ。

「良かった…!ナジュ君、正気に戻ってくれたんだね…!」

「えぇ…。お陰で助かりましたよ。僕からリリスを奪おうなんて、随分ふざけたことをしてくれたものです」

全くだな。

…でも、元に戻ってくれて良かった。

「マシュリ、お前のお陰だ。ありがとう…」

と、俺は咄嗟に割って入ってくれたマシュリに礼を言った。

「見てられなかっただけだよ。リリス様を『なかったこと』にされて…それより」

と言ってマシュリは、床の上を指差した。

「羽久、あれ」

「え…」

マシュリの指差す先に、先程宙を飛んだ肉の塊のようなもの…。

…赤ん坊の手首くらいの太さのある、ぎょろりとした目の付いたミミズが、床の上をのたうっていた。

…うぇっ…。

「何だあれ…!?気持ち悪っ…」

「物凄く嫌な臭いする…。多分、あれが『ムシ』だね」

『ムシ』?あれが?

ジュリスやリューイが言ってた、人間の心臓を餌にする寄生虫?

「あんなにキモいのか…。うきうきしながらチョコレート食ってる時のシルナ以上にキモいものはないと思ってたけど、あれはそれを越えるな…」

「ちょっと。羽久が私に失礼なこと言ってる!」

うるせぇ。今それどころじゃねぇだろ。

「つーか、あまりにもデカくないか?ジュリスが飼ってたのは親指サイズだって言ってたのに…」

「ジュリス君より寄生してる時間が長かったから、それで大きくなったのかも…」

「こんな短時間で、これほど成長するのか…」

なんて成長速度だ。恐ろしい。

あんなキモい肉の塊が、心臓の中に巣食ってるなんて…。

そのミミズは、床の上でしばらく苦しげにのたうったかと思うと。

「あ…消えた…」

しなびた黒い灰のようになって、さぁっと消えていった。

…これで、一匹目退治だな。

いや、ジュリスのも合わせて二匹目か?