「ナジュ、頑張れ。『ムシ』なんかに支配されるな!」

「そんな…違います。僕は、誰にも支配されてなんか…」

「本当にそうか?お前の大好きなリリスに聞いてみろよ。お前の中にいるだろ…!?」

マシュリに『ムシ』の支配が及んでいないように、魔物には『ムシ』の洗脳は効かない。

つまり、ナジュの中にいるリリスは、今だって正気のはずなのだ。

リリスに聞けば分かるはず。俺達が嘘をついてないってことが。

「そんな…。リリスとは、もう二度と…」

「そうだな、現実ではもう二度と会えない。でも心の中では?精神世界の中ではどうだ?」

「…精神…世界?」

やっぱりそうか。

精神世界でリリスに会ってしまったら、リリスがナジュに本当のことを教えてしまう。

だからこそ『ムシ』は、ナジュにリリスと話をさせないように、精神世界の記憶を消してしまったのだ。

もう二度と、リリスの声を聞くことは出来ないのだと、ナジュに信じ込ませた。

よくもそんな残酷なことをしてくれたな。許すまじ、『ムシ』。

今すぐ、ナジュの身体の中から出ていってもらうぞ。

ミミズもどきの分際で、ナジュとリリスの二人の仲を引き裂こうなんて絶対に許さない。

「思い出してくれ、ナジュ。本当にお前はリリスに会えないのか?俺達は本当にお前の敵か?そうじゃないだろ…!?」

「…そ、れは…」

「ナジュ君。君なら分かるはずだ。読心魔法の使い手だった君なら。私達が本当のことを言ってるって、君は誰よりもよく分かってるはずなんだよ」

シルナもまた、ナジュを言葉で説得しにかかった。

その通りだ。お前の代名詞じゃないか。読心魔法は。

その使い方を忘れるなんて、お前らしくもないぞ。

「読心魔法…。…僕が…?」

「そうだよ。君は私達の、大切な仲間で…」

「仲間…なか…ま…。う、うぅ…っ…」

「…!ナジュ君!?」

ナジュは突然、苦しそうに胸を押さえて呻き始めた。

どうした。大丈夫か…!?

「ち、違う。敵…神の敵…。違う。彼らはリリスの…違う違う。リリスはもう…二度と…」

「ナジュ…!負けるな!本当のことを思い出し…、」

「か、神の敵。シルナ・エインリーは神の敵。神の敵は、この手で始末する」

「ナジュ!」

ナジュが本当のことを思い出しそうになって、これはピンチだと判断したのか。

『ムシ』は、無理矢理ナジュの精神を乗っ取った。

その濁った瞳の色を見れば分かる。

完全に、ナジュは自我を奪われていた。

なんてことを…!

「裏切り者に、神罰を」

機械のように無機質な声で、そう呟くなり。

ナジュは片手に杖を持ち、得意の風魔法の刃を出現させた。

ま、まずっ…!

シルナと共に、咄嗟に床に突っ伏して、避けようと思ったその時。

すぐ近くでこの場を見張っていたマシュリが、横から飛び出してきた。

「…!マシュリ!?」

「思い出して。…君が、本当は何者だったのか」

腕だけをケルベロスに『変化』させた、マシュリの鋭い爪が。

浅く、ナジュの胸の辺りを切り裂いた。