シルナの空間魔法によって、俺達は再びルーデュニア聖王国に戻ってきた。

例の、猫マシュリの隠れ場所である路地裏である。

今のところ…この場所は、聖魔騎士団にはバレていないようだが…。

…ルイーシュが異空間まで追ってきて俺達を見つけたってことは、最早この国の中に安全な逃げ場所はない。

一刻も早く、目的を果たさなければ。

「学院に行こう。作戦通り、まずはナジュ君から正気に戻ってもらう」

「あぁ」

「マシュリ君。学院まで、見つかりにくいルートを通って行きたいんだけど、道案内頼めるかな」

普通に表通りを歩いて帰る道順なら、いくらでもある。

が、聖魔騎士団に追われているこの状況で、大手を振って道のど真ん中を歩く訳にはいかなかった。

自分の住処に帰るのに、こんなにコソコソしなきゃならないとはな。

「分かった。でもこの道は近所の猫の秘密ルートだから、他の野良猫には他言無用でね」

「大丈夫だ。俺に野良猫の知り合いはいない」

ついでに猫語も喋れないなら、他言したくても無理。

マシュリに案内されて、俺達は裏路地のほっそい道を通った。

俺、割と長いことルーデュニア聖王国で生きてるけどさ。

こんな道知らなかったよ。

まだまだ知らないことがたくさんあるもんだな。

しかも猫の道なので、何回かこっそり人んちの庭を横断したり、生け垣の下を潜ったりした。

頭葉っぱまみれなんだけど、もう気にしないでおこう。

だが、お陰で誰にも見つからずに、学院の近くまで戻ってこられた。

「はぁ…はぁ…やっと着いた…」

「ジュリス。猫の道面白かったねー」

「…面白かねーよ…」

頭に葉っぱを乗せたまま、ベリクリーデだけは目をキラキラさせていた。

楽しそうで何より。

余裕があるのは良いことだ。

問題はここから。

「学院の外ならまだしも、敷地内に入ったらいよいよ油断出来ないぞ」

「…そうだね」

ここから先は、暗殺者二人のテリトリーだ。

何なら、既に捕捉されている可能性すらある。

充分注意して進むべきだ。

「よし…行くぞ」

意を決して、俺達は裏門からイーニシュフェルト魔導学院の敷地内に入った。

その瞬間、マシュリが険しい顔で呟いた。

「…駄目だ。いるね」

「えっ?」

いるねって、何が。

「隠れてないで、出てきなよ」

「…気配は出してなかったはずだけど。よく僕らを見つけられたね」

声がして、初めて気がついた。

学院の敷地内に生えている桜の木の影から、ゆらり、と黒装束の小柄な人影が現れた。

…噂をすれば、何とやら。

「令月…。それに、すぐり…」

やっぱり捕捉されていたか。…さすが、この二人の目と耳は誤魔化せない。

木の上に隠れて、俺達を一撃で仕留める機を伺っていたのだろう。

人間を超越した嗅覚を持つマシュリがいてくれなかったら、今頃俺の首は、胴体と泣き別れだったかもな。