…そう、思ったその時だった。

「…?」

学院長のくれたクッキーを口に入れようとした、その瞬間。

…この、匂いって。

さっき、マグロ猫缶を食べた時に、ふと鼻についた匂い…?

…何で、猫缶とチョコチップクッキーから、同じ匂いがするのだろう。

まさかあの猫缶、チョコチップが入ってたのか。

それとも、このクッキーにマグロが…?

いや、でも…これはチョコの匂いでもないし、マグロの匂いでもない。

それどころか、これまで一度も嗅いだことのない匂いが…。

「…?マシュリ、手が止まってるぞ。大丈夫か?」

「え」

「マシュリの味覚は人間とは違うからな…。シルナのチョコ趣味に付き合う必要はないぞ。要らなかったら突き返して良いんだからな」

手が止まってしまった僕に、羽久がそう言った。

…そういう訳じゃないんだけど…。

「何だか…匂いが」

「えっ」

「…何の匂い?これ…」

僕が尋ねると、羽久も、学院長もぽかんとしてこちらを向いた。

あっ…なんかごめん。

「え?チョコチップクッキーの匂いじゃないの…?チョコとバターの美味しい匂い」

勿論、それもするんだけど…。

「食べ物の匂いじゃなくて…。もっと鼻を刺すような…」

「鼻を刺す…?もしかして、シルナの加齢臭か…?」

「ちょっ、は、羽久が私に失礼なこと言ってる!」

「いや、これは学院長の体臭とも違う匂いだね」

「マシュリ君!?私の体臭ってどんな匂いなの!?」

そうだな。

学院長の匂いは、例えるなら…。

…干したばかりの布団に、チョコレート飲料を零したみたいな匂いかな。

学院長の体臭はもう覚えたから、違うものだとすぐに分かる。

「そんな変な匂いするか?クッキーって痛むのか?」

「傷んでないはずだよ。昨日買ってきたばかりなんだもん」

羽久と学院長も、クッキーに鼻を近づけて、匂いを嗅いでいるが…。

二人共この匂いが分からないらしく、揃って首を傾げていた。

…普通の人間には分からないか。

無理もない。僕自身も…感じられた匂いはかすかで、はっきりとは言えない。

「…」

改めて、もう一回鼻を近づけてみたが。

先程感じた匂いは、既に消えていた。

…何だったんだろう。今のは。

試しにちょっと齧ってみたけど、おかしな味は全然しなかった。

…学院長には悪いけど、正直、僕にとってはさっき食べたマグロ猫缶の方が美味しい。

「…大丈夫か?マシュリ」

「いや…。…うん。何でもないよ」

結局さっきの匂いの正体は何だったのか、と考えたその時。

今度は、また別の匂いを感じた。窓の外からだ。

この匂いは知ってる。

「令月とすぐりの二人が来たね」

「え?」

次の瞬間。

学院長室の窓が、ガラッと開けられた。

「やっほー。来たよー」

「僕も」

「お前ら…!また窓から…」

やはり、この二人の体臭だったか。

さすがにこれは間違えられないね。