「…そういやマシュリ、さっき学院に居た時も何度か言ってたな。他の匂いがどうのこうのって…」

あれのことか?

「いや…特別変な匂いはしてなかったと思うが…」

何故匂いのことなんて聞くのかと、ジュリスは怪訝そうに答えた。

「ベリクリーデ、お前は何か感じたか?」

「うーんとね、木の匂いがしたー」

「…それは松ぼっくりの匂いだろ?」

…多分マシュリが言ってるのは、松ぼっくりの匂いではないと思うぞ。

「嗅いだことがないような匂いだから、上手い例えが思いつかないけど…。鼻を突くような…嗅いでいたら不安になるような…凄く嫌な匂いを感じたんだ」

「学院で、ってことか?」

「…そう」

嗅覚に優れたマシュリだからこそ分かる、独特の匂いってものがあるのだろうか。

凡人の俺じゃ分からない。

「シルナ…分かるか?」
 
「分からないね…。チョコレートの匂いだったら、10メートル先でも嗅ぎ分けられるんだけど…」

「そうか…。お前に聞いたのが間違いだったよ」

チョコレートに特化した無駄な嗅覚の良さを披露してんじゃねぇ。

いつ役に立つんだよ。その能力は。

「思えば…あの日も僕は、同じ匂いを感じたんだ」

マシュリは気になることを口にした。

「あの日…?」

「僕が、智天使に殺された日」

「…!」

何だと?

「あの奇妙な匂いと、嫌な胸騒ぎを感じて…。校舎の外に出たんだ。匂いのもとを辿っていって…」

「お前、あの日…確か園芸部の畑の近くに倒れてたよな?」

じゃあ、そこが匂いのもとだったのか?

…園芸部の畑が?

「うん、そう。畑や土の匂いとは違う、独特の匂い…。あれが違和感の正体だった」

「…」

凄く重要な情報を話してくれてるんだろうとは思うんだけど。

匂いなんて全然気にしたことなかったから、さっぱりピンと来ない。

こればかりは、多分マシュリにしか分からないだろうな…。

「今朝、それからさっき学院に戻った時、その嫌な匂いが強くなってた…。もしかしたら、そのミミズ…の匂いなのかもしれない」

「…ミミズってのが、また訳分からんけどな…」

せめて遺骸?残骸?でも残っていれば、まだ調べようがあったのだが。

蒸発して消えてしまったということだし…。

まぁ、蒸発して消えたってことは、普通の昆虫じゃあないんだろう。

もしかして、そのミミズもどきとやらが、イレース達の記憶喪失の原因と繋がってるのか…?

…駄目だ。やっぱり分からん。

ヒントはいくつも転がってるような気がするのだが、それらが上手く繋がらないって言うか…。

どれも決定打に欠けるって言うか…。

…しかも、更に悪いことに。

背後から、ガサッ、と音がしてびびった。

「な、何だ?」

「大丈夫。猫の友達だよ」

にゃーにゃー鳴きながら、白っぽい猫ちゃんが現れた。

な、何だ野良猫かよ…。

状況が状況だから、猫一匹にビビってしまった。