そのまましばらく、振り返らずに走った。

追跡を撒く為に、わざと複雑な道を通って、更に人通りの多い大通りを抜け。

充分遠くまで逃げたところで、ようやく足を止めた。

その間ベリクリーデは、一言も喋らず、素直に俺についてきた。

だが、俺と繋いだ手だけは、ぎゅっと握ったまま絶対に離さなかった。

その手のひらから、ベリクリーデの怯え、恐怖が伝染してくるようだった。

「…大丈夫か?」

足を止めてから、俺は真っ先にそう尋ねた。

…全然大丈夫そうには見えないから、こんな質問は無意味なんだけどな。

「…うん」

それでもベリクリーデは、小さくこくりと頷いた。

そうか。

「心配しなくて良い。…俺はもう二度とお前を忘れたりしないし、最後までお前のことを守るよ」

「…うん」

ベリクリーデはようやく少し微笑んで、頷いた。

よし。

「大丈夫だ。シュニィがお前を忘れていたのは、きっと一時的なものだ。いずれきっと思い出す。…いや、思い出させてみせる」

俺だってベリクリーデを忘れていたけど、ちゃんと思い出したのだ。

この唐突な記憶喪失には、必ず何かの理由がある。

何者かの悪意が、ベリクリーデを敵とみなすよう仕向けたのだ。

だが俺は、ちゃんとベリクリーデを思い出した。

つまり、思い出す方法があるのだ。

その方法が何なのか、はっきりと確かなことは言えないが…。

…ただ一つ分かるのは、聖魔騎士団に戻ることは出来ないということだ。

「ジュリス…。これから、どうしよう?」

ベリクリーデは、不安そうな顔で尋ねた。

…そうだな…。

「聖魔騎士団には戻れない。…他の奴らも、お前のことを忘れてるかもしれない」

「…」

俺とシュニィが忘れていたのだ。

恐らく、聖魔騎士団の他の奴らも、ベリクリーデのことを忘れている可能性が高い。

忘れているどころか、またベリグリーデに攻撃を仕掛けてくるかもしれない。

説得して誤解を解きたいのは山々だが、今戻る訳にはいかない。

さっきと同じことの繰り返しだ。

何か方法を見つけなければならない。ベリクリーデを思い出してもらう為に、確実な方法を…。

でも…俺はさっき、何でベリクリーデのことを思い出せたんだろう…?

「…」

「…ジュリス?」

考え込む俺の顔を、ベリクリーデが覗き込んだ。

…よし、分かった。

この事態は、俺の手に負えないってことが。

別の人間に相談して、一緒に解決策を考えるべきだ。

いずれにしても、もう聖魔騎士団には戻れないのだ。

だったら、行く場所は一つ。

「イーニシュフェルト魔導学院に行こう。そして、そこでシルナ・エインリーに相談する」

あいつなら、俺の知らない情報を持っているかもしれない。

それに、シュニィ達に追跡されていたとしても。

シルナ・エインリーを味方につけることが出来れば、隠れ蓑になってくれるはずだ。

「私も一緒?一緒に行って良い?」

「当たり前だろ。一緒に行くぞ」

「…うん」

ベリクリーデは、ぎゅっと強く俺の手を握り締めた。

よし、そうと決まれば行こう。

イーニシュフェルト魔導学院へ。