人間の…マシュリの姿を生徒達に見られると不味いので。

僕は、猫の姿のまま学院長室に行った。

そこでマシュリの姿に『変化』し直した。

そして、学院長室では。

「今日のおやつは〜。チョコチップクッキーだよー」

ほくほくとした表情で、学院長はチョコチップクッキーを頬張っていた。

…う…。

正直、鼻の良い僕は、この学院長室がやや苦手である。

いつも、噎せ返るようなチョコレートの匂いが漂っているからだ。

人間の鼻だとあまり気にならないんだろうけど、僕にとってはかなりキツい。

「はいっ、羽久。羽久もクッキーどうぞ」

「…クッキーはいいけどさ。それよりお前、試験問題は作ったのか?」

「ここのチョコチップクッキーは、チョコチップ増し増しでとっても美味しいんだよ!溢れ返らんばかりのチョコチップ!」

「おい、話を聞け」

それ、もうチョコチップクッキーじゃなくて、ただのチョコクッキーなのでは?

と思ったけど、口いっぱいにクッキーを頬張って満面笑みの学院長は、何を言われても耳に入らない様子。

分かるよ。僕もちゅちゅ〜る食べてる時は、誰に何言われても全然耳に入らないもん。

美味しいもの食べてる時は、幸せだ。

「…こいつ、試験問題の作成が終わらないから、現実逃避してやがるな…」

羽久が、ボソッと呟いていた。

しかし、勿論今の学院長には、そんな羽久の声も聞こえていない。

「はー!たっぷりのチョコチップが美味しい!」

良かったね。

それは良いとして、そろそろ僕の存在に気づいて欲しいな。

結局、一番に気づいてくれたのは部屋主の学院長ではなく。

「…ん?あぁ、マシュリ、お前か…。来てたのか」

学院長を呆れたように見つめていた羽久が、視線をこちらに向けてくれた。

どうも。

「珍しいな。いつもはこの時間、中庭で生徒を誑かして遊んでるのに」

誑かしてる、とは失礼な。

猫と戯れてるだけだよ。

「生徒達は、試験勉強で忙しいんだって」

「あぁ、成程…。…生徒達は遊ぶ暇もなく勉強に励んでるっていうのに、学院長がこの体たらくじゃあな…」

「…」

二人で、学院長の方を見ると。

お皿いっぱい、口いっぱいのチョコチップクッキーに、頭の中お花畑状態だった。

クッキーでこんなに幸せになれるなんて…羨ましい人だ。

「このままじゃ、生徒がいくら勉強しても、試験問題が出来てないせいで試験が中止になるぞ…」

「試験当日に試験問題が出来てないなんて…前代未聞だね」

「あぁ…」

それはそれで、生徒は喜びそうだね。

…それなのに、危機感が全くない学院長は。

「…ん?あれっ、マシュリ君。マシュリ君じゃないか!」

今、ようやく僕の存在に気づいたらしい。

「どうも」

「丁度良いところに!クッキーあるよ、ほら。チョコチップクッキーどうぞ!」

大量のチョコチップクッキーを、僕にも勧めてきた。

気持ちは嬉しいけど、人間の食べ物は基本的に、僕の口には合わない。

ましてやさっき、美味しい猫缶を食べさせてもらったばかりだしなぁ。

「すっごく美味しいんだよ、ほら。はいっ、はいっ、どうぞ!」

「…どうも…」

ほとんど押し売り。

仕方ないので、一枚だけクッキーを手に取った。

とりあえず一枚だけ食べて、お茶を濁しておこう…。