な、何なんだこの気持ち悪い物体は?

大人の親指ほどの大きさで、生々しいピンク色の「それ」は、さながら巨大なミミズのようだった。

ぎょろりとした目が、恨みがましそうに俺を見上げていた。

「何だ、こいつ…!?」

「…」

ピンク色のミミズもどきは、しばらく床をのたうつように蠢いて…。

息が切れたように、しなびて動かなくなった。

そのまま朽ち果て、黒っぽい灰になって蒸発した。

…自分の見たものが信じられなかった。

「何だったんだ…。あれ…?」

「『ムシ』…」

「え?」

ベリクリーデ、今何て言った?

何かを言いかけたベリクリーデを問い詰めようとした、その時。

「ジュリスさん、起きてますか?」

コンコン、と扉をノックする音がした。

この声…。

「シュニィか…?」

「はい。おはようございます」

聖魔騎士団副団長のシュニィが、書類の束を抱えてやって来た。

「来週の全部隊共同演習について、話し合いたいことがありまして…」

「いや、待て。今はそれどころじゃない」

「え?」

来週の演習なんかより、今目の前で起きた不可解過ぎる現象について話し合わなければ。

何で俺はさっきまで、ベリクリーデのことを忘れていたのか。

そんな俺に、ベリクリーデが何をして、思い出したのか。

それに、さっきのミミズもどきは何なんだ?

必死に頭の中を整理しようとしていると、シュニィは俺の部屋の中を見て、小さな悲鳴をあげた。

「ど、どうしたんだシュニィ?」

「だ、誰なんですか?その人…」

…は?

シュニィが指差す先には、ぽやんとした顔のベリクリーデが立っていた。

「も、もしかして…ジュリスさんの愛人…?」

噴き出すかと思った。

どんな想像してんだよ。今日一番のとんでもない誤解だ。

「違う。あいつが勝手に入ってきたんだよ」

「勝手に…?聖魔騎士団魔導部隊の隊舎に、ですか?」

「え?うん…。でも、今それより大事な、」

「…下がってください。ジュリスさん」

…え?

シュニィは突然険しい顔をして、杖を取り出してベリクリーデに向けた。

「ジュリスさんの寝込みを襲おうとしたんですか?ジュリスさんが聖魔騎士団魔導部隊の大隊長と知っての行為ですか」

「…ほぇ?」

「とぼけないでください。仲間を害する賊に、容赦はしません」

シュニィ、お前まで一体何を、

「…!」

その時、俺はハッとした。

今のシュニィは、さっきまでの俺と同じなんだ。

何故かは分からないけど、シュニィもベリクリーデのことを忘れている。

俺だけじゃなかったんだ。シュニィまで記憶をなくしている。

俺は運良く思い出したけど、シュニィはまだ…。

「ちょっと待ってくれ、シュニィ。落ち着くんだ。これは、」

「賊に情け容赦をかける必要はありまけん」

シュニィは、きっぱりと言い切った。