冗談でも脅しでもない。

天音の両目は、まさに本気だった。

凄まじい殺意と気迫に、思わずたじろいでしまいそうになった。

…もしかして、俺は勘違いしていたんじゃないか?

天音なら、話し合いに応じてくれると思っていた。例え俺のことを覚えていなくても。

常日頃、争い事が大嫌いで、平和主義な天音のこと。

「話し合って解決しよう」と言えば、応じてくれるものと思っていた。

俺が知る、普段の天音だったら、そうしてくれただろう。

でも、今の天音は違う。

ナジュも様子がおかしいし、天音もそうだ。

記憶がなくなって、性格まで変わってしまったようだった。

今の天音は…俺達を斬ることに容赦しない。

ましてや、親友を傷つけられたのだから、余計に情けをかける理由なんてない。

なんてことだ。どうしたら良い?

「待ってくれ。俺達は争う為に来た訳じゃ…!」

「…どの口で言ってんの?」

「!?」

振り向くと、そこには俺達の退路を断つように、令月とすぐりの二人が立っていた。

背後を取られた。いつの間に。

更に。

「今朝は潔く出ていったから、見逃してやろうと思っていましたが…。のこのこ戻ってくるとは良い度胸です」

「…イレース…!」

天音の後ろから、イレースも職員室にやって来た。

…不味い。挟み打ちだ。

「…時間をかけ過ぎてしまったみたいだね」

シルナが、険しい顔で呟いた。

…そうみたいだな。

「悪い、俺がもたついてしまったせいで…」

「ううん。羽久は悪くない…。私がもっと上手く説得出来ていれば…」

「…謝り合戦してる場合じゃないよ」

正面を天音とイレースに、背後を元暗殺者二人に囲まれた状態で、マシュリが言った。

「ひとまず、この場所を離れないと」 

…そうするしかない。

目の前に仲間達がいるのに、争う理由なんてないはずなのに。

天音は完全に頭に血が上ってるし、暗殺者スイッチの入った令月とすぐりに、説得なんて通じない。

イレースだって、完全に敵を見る目。

…違うんだよ、本当に。俺達は仲間なのに。

何で、仲間にそんな敵意の目を向けられなきゃいけないんだ?

心が折れそうなくらい悲しかった。

だけど、今この状態で俺が何を訴えても、彼らには届かない。

マシュリの言う通り、この場は撤退するしかなさそうだ。

「…逃げられるとでも思ってる?」

…撤退、させてもらえればの話だけど。

次の瞬間、後ろから飛びかかってきた令月の小太刀を、ケルベロスの姿に『変化』したマシュリが止めた。

「ちっ…!刃が通らない」

「君達を傷つけたくない。危害を加えるつもりはないから、僕達を逃して欲しい」

こんな時でも、マシュリは冷静に、令月にそう頼んだ。

しかし。

「化け物の言うことは信じないよ」

令月は冷たくそう言い返し、無慈悲に小太刀を振るって、マシュリの脚を一刀両断した。

…化け物。

令月が、またしても、マシュリのことをそんな風に…。

「マシュリ…!大丈夫か!?」

「平気」

さすがは、ケルベロスの血を引くマシュリの再生能力。

脚を切断されても、すぐさま再生していた。

「ふーん。本当に化け物だね、気持ち悪い」

すぐりが、両手に糸を絡ませながら言った。

…すぐり…お前まで。

「奇妙な変身の術を使うようですね。気をつけて捕獲してください。…この際、生死は問いません」

「ナジュ君を苦しめてくれた、そのお礼をしてあげるよ」

自分達も忘れるなと言わんばかりに、正面からイレースと天音が迫ってきた。

言うまでもなく、危機的状況である。