「やめて…ください。彼女のことは…もう、思い出さないようにしてたのに…」

「は…!?」 

ナジュは突然、怯え、声を震わせて自分の腕を抱き締めた。

え、だ…大丈夫か?

普段の飄々とした態度は何処へやら、親に捨てられた子供のように震えていた。

「な、何なんだ…?リリスがどうか…。今もお前と一緒に居るんだろ…?」

心の中。精神世界の中に。

現実では会えないけれど、意識を内側に集中させることで、リリスの魂と話をすることが出来るって、

「何を言ってるんですか…?僕はもう…今生で、彼女には…。声を聞くことも、姿を見ることも出来ないのに…!」

「え…い、いや、それは…。でも、今はもうリリスと…」

「やめてください…!何で思い出させるようなことを…!」

え、いや、何で。

「羽久、駄目。それ以上言っちゃいけない」

シルナが、そう言って俺を止めた。

リリスの名前を出すなり、ナジュは豹変した。

明らかに、俺は触れてはいけないところに触れてしまったのだ。

しまった。傷つけるつもりじゃなかったのに。

「ご、ごめ…」

謝ろうとしたその時、足だけ獣のそれに『変化』したマシュリが、職員室に飛び込んできた。

びっくりした。

「ま、マシュリ!?」

「ごめん。気づかれた…!他の匂いが強くて…」

何だと?

もうバレたのか。まだ天音に会ってないのに。

「分かった。一旦撤退を…!」

「ちょっと待て。ナジュの様子がおかし、」

と、一瞬もたついてしまったのが運の尽き。

「ナジュ君!大丈夫!?」

職員室に、保健室にいたはずの天音が飛び込んできた。

なんてタイミングだ。

職員室に駆け込んできた天音は、身体を抱き締めるようにして震えてるナジュを発見した。

「…ナジュ君…!」

血相を変えてナジュに駆け寄った天音は、ナジュを庇うように支えた。

「大丈夫…!?どうしたの、何処か怪我を…」

「…」

ナジュは何も答えず、触れられたくないところに触れられてしまった恐怖に怯えていた。

…やべぇ。

これじゃ、どう見ても俺達がナジュを虐めたみたいじゃないか。

「…ナジュ君に、何をしたの?」

天音は、見たこともないくらい鋭い眼光で、こちらを睨んだ。

そうなるよな。当然。

でも誤解なんだ。本当に。

「ちょっと待ってくれ、天音。これは違う。本当に誤解で、」

「何が誤解なの?ナジュ君が、こんなに怯えてるのに」

ごもっとも。

俺だって、ナジュの地雷を踏みたくなんてなかった。

でも、こっちだって何が何だか分からないんだ。

俺はただ、お前達に自分のことを思い出してもらいたくて。

その為に、危険を冒してイーニシュフェルト魔導学院に戻ってきたのに。

思い出してもらうどころか、改めて、完全に敵認定されてしまってる。

これじゃあ本末転倒だ。

「落ち着いて、落ち着いて話し合おう。お互い何か誤解してるだけなんだ。話し合って解決、」

「…これ以上」

…え?

「これ以上ナジュ君を傷つけるなら、『俺』は容赦しない」

そう言って。

天音は、両手に魔法で作った剣を構えた。

その姿は、俺の知っている天音のものではなかった。