だが、今は愚痴っている場合じゃなかった。

街を歩いていても、誰も俺とシルナを気に留めない。

ってことは、イレースが俺とシルナにブチ切れてたのは、俺達がお尋ね者だからじゃなくて。

単に、学院に不法侵入し、ついでに朝食に怪しいもの(チョコビスケット)を紛れ込ませたから。

…って、認識でOK?

それだけでも…充分痛手だけどな…。

しばらく街の景色を眺めた後、俺とシルナは路地裏に戻った。

そこでしばらく待っていると、いろり形態のマシュリが戻ってきた。

「あっ、マシュリ…」

「ただいま」

良かった、無事に戻ってきて。

お前まで豹変してしまったら、どうすれば良いのか分からないよ。

マシュリは人間の姿に『変化』し直した。

「どうだった?猫仲間には会えたか?」

「会えたよ。近所のネコミュニティを総動員して、偵察と聞き込みを頼んできた」

ありがとう。ネコミュニティって何?

「夜の間、学院の周辺にいた猫達に話を聞いたんだけど…特に変わったことはなかったはずだって」

「…そうか…」

…まぁ、そりゃそうだよな。

もし学院の敷地内で怪しい出来事が起こればすぐに、令月かすぐりか。

あるいは、校内に無数に撒き散らされているシルナの昆虫分身のどれかが、気づくはずだ。

誰も気付かなかったってことは、学院内に異変はなかったのだ。

学院に異変はないけど、学院内にいた人間には異変が起きた。

その原因が分からなくて、困ってるんだがな。

「今は、学院の周囲に不審なモノや人物が彷徨いてないか、猫仲間に張ってもらってる」

「そうか…。悪いな…。見知らぬ野良猫にそこまでしてもらって…」

「報酬はゴールド猫缶10缶ってことで手を打ったよ」

ちゃっかりしてんな。野良猫の皆さん。

良いよ。それでイレース達の記憶が戻るなら、プラチナ猫缶100缶プレゼントしても良い。

俺が自腹を切ってやるよ。

「私と羽久も、少し街の様子を見てきたんだけど…。…特に変わったことはなさそうだったね」

「異変が起きたのは学院の中だけで、街には何の変化もないって…」

「…いや、それはどうかな」

…え?

ちょっとマシュリ。怖いことを言わないでくれ。

「…何か気になることでも?」

「匂いがするんだ…。あの夜感じたのと同じ匂い…。気の所為かもしれないけど…」

…??

「…マシュリ、どういうことなんだ?詳しく聞かせてくれ」

「あ、いや…。…何でもない」

いや、絶対何でもないことはないだろ。

明らかに何か隠しただろ。言ってくれよ。気になるだろ。

「それより、学院長はこれからどうするの?」

「う…。…そうだね…。記憶がなくなった原因も気になるけど…。私は、それ以上に…」

それ以上に?

「あの場に居なかった二人…。天音君とナジュ君がどうしてるのか、気になるかな」

「あっ…」

…そうだった。ごめん。忘れてた。

シルナに言われて思い出したよ。

イレースと令月、すぐりの三人に敵意を向けられた、そのショックで失念していた。

そういや、天音とナジュの二人には、まだ会ってない。

マシュリだって記憶喪失から逃れられたんだ。もしかしたら、天音とナジュの二人なら…。

「二人は、俺達のこと覚えてるかもしれない」

「うん」

絶望的な状況だったけど、ちょっと希望が見えてきた気がする。