そのまま、マシュリの口に咥えられたまま。

一体どれだけ離れただろうか。学院の敷地から出て、マシュリがようやく足を止めたのは、人気のない路地裏のような場所だった。

「…ここまで来たら、もう大丈夫かな」

と言って、マシュリは人間の姿に『変化』し直した。

「かなり離れたし、追ってくる気配はない。ひとまず安心だと思う」

「…」

そうか。ありがとうな。

でも、俺は何でこんなところに逃げ隠れしなきゃならないのか、さっぱり分からないよ。

「どういうことなんだ…。これは…」

まさか、まだ夢の中にいるんじゃないよな?

「僕にも分からない。朝、いつも通り猫の姿で生徒に会ったら、突然悲鳴をあげられて…」

と、マシュリが話してくれた。

何だと?

イーニシュフェルト魔導学院のマスコット猫、いろりに会ったのに?

「…猫嫌いの生徒だった、とか?」

「でもその子、前日に猫じゃらしで一緒に遊んでくれたよ」

「あ、そうなんだ…」

…昨日猫じゃらしで一緒に遊んで、次の日の朝会ったら、驚いて悲鳴をあげられたのか。

意味が分からない。

「生徒に姿を見られたのは失敗だったよ。学院に猫が入り込んでる、って追われる羽目になって。仕方ないから、姿を見られないように隠れてたんだけど…」

「…」

「君達がピンチだったのが見えたから、隙を伺って飛び出したんだ。」

「…そうか」

助かったよ。ありがとう。

あのタイミングでマシュリが助けに入ってくれなかったら、俺もシルナも、今頃イレースの雷で黒焦げだ。

…でも、何でそんなことに?

「何が何だかさっぱりだ…。まるで、一晩にして生徒達や、イレース達の記憶が消えてしまったみたいに…」

まさか、そんなことがあるはずない。

昨日まで、皆普通だったじゃないか。何で一晩で、まるで別人みたいに変わってしまって…。

「…やっぱり、学院に戻ろう」

「羽久?」

「疚しいことなんか何もないんだから、逃げ隠れする必要はないだろ?」

何でそうなったのか分からないけど、イレース達は俺やシルナやマシュリのことを忘れているだけなのだ。

元々は味方なんだから、話し合えば分かり合えるはず。

話の通じない奴らじゃない。

「何か変な誤解をしてるだけなんだ。腹を割って話し合えば、きっと分かってもらえる」

「…それはどうかな」

シルナが言った。

シルナだってショックに違いないのに、努めて冷静を装っていた。

「あの目を見たでしょう?イレースちゃんも令月君達も、完全に私達のことを敵だと認識してた」

「…それは…」

…あの時、イレース、本気だったもんな。

いつもの脅しじゃなくて、本気で、手加減も容赦も一切なく、俺達を丸焼きにするつもりだった。

令月とすぐりだってそう。

俺達が妙な動きをしたら、手をかけることを躊躇わなかっただろう。

…まるで、俺達が仲間であることを忘れてしまったように。

「今戻っても、さっきと同じことの繰り返しだよ。無策で挑むべきじゃない。…イレースちゃん達は、強いからね」

…全くだ。

そのことを、俺達は誰よりもよく知っている。

…知っているはずなのに。