更に。

「あなたの心は読めませんが、あなたが何を言いたいのかは分かりますよ。僕達に『学院長がいなければ』と思い込ませて、学院長を孤立させたいんでしょうが…」

と、今度はナジュが口を開いた。

「残念でしたね。学院長が善人であるか悪人であるかは関係ありません。僕を、永遠に愛しい人に会えない孤独から救い、慰めをくれたのは、他でもないこの学院長ですから」

「…ナジュ君…」

「犬や猫でも、命を救われた恩は忘れないものですよ」

…そうだな。

シルナに出会う前、学院に生徒として忍び込んでいた頃の…。

『殺戮の堕天使』と呼ばれていた頃の、ナジュの姿を思い出す。

あの頃のお前、本当、今とは別人だったもんな。

一分一秒、生きていることが苦しそうで…見ていられなかった。

「僕も、同じ思いだよ」

ナジュに続いて、天音が言った。

「半ば行き倒れてたところを、学院長先生に助けてもらって…。それから、ナジュ君に出会うことが出来た」

天音は、ナジュの方を向いた。

「学院長先生がいなかったら、僕は本当のナジュ君を知ることが出来なかった。ナジュ君が、本当は誰よりも傷ついてることを知らずに…同情の余地のない殺人鬼だと思い込んだまま…ずっとナジュ君を憎み続けてたと思う。それって、凄く苦しい勘違いだよ」

「事情はどうあれ、僕が同情の余地もない殺人鬼だったことは確かだと思いますけど?」

「ううん。今は、ナジュ君が本当はどんな人か知ってるから。こんな大切な親友に出会うきっかけをくれたんだよ。学院長先生に出会ったこと、感謝こそすれ、憎むなんて有り得ない」

…そうだな。

実に天音らしい。

「…元暗殺者殿。あなた方同じ意見ですか?」

黙ってイレース、ナジュ、天音の意見を聞いていたリューイが、今度は令月とすぐりに尋ねた。

「つまんないこと聞くねー、君。溺れてる時に助けてくれた人の人種とか性別とか年齢とか、いちいち気にするタイプ?」

「元々僕達は暗殺者だから。学院長が悪だって言うなら、僕達も負けないくらい悪人だよ」

すぐりと令月が、順番に答えた。

シンプルな回答だ。

黙って聞いていたリューイだったが、最後に、リューイはこちらを向いた。

「あなたも…無論、同じ考えでしょうね」

「よく分かってるじゃないか」

この身体の中に「前の」俺が…二十音・グラスフィアがいる限り。

俺がシルナの敵になることは、絶対に有り得ない。

悪人?罪人?知ったことか、そんなもの。

「天使様には天使様の事情があるんだろうが、こっちもこっちの事情があるんでな。勝手に掻き乱すんじゃねぇ」

「そうですか。…素晴らしい信頼関係ですね」

そうだな。

「で、どうするんだ?お前らの言う『裏切り者』のシルナごと、俺達もまとめて始末するのがお前の役目か?」

だとしたら、今すぐここにいる全員で相手してやるぞ。

俺達は既に、神に反旗を翻したのだ。

今更、天使と戦うことが何だと言うのだ。

怖くも何ともない。シルナを守れないことの方が、よっぽど怖い。