「…ふぅ…。…はぁー…」

俺は、深く息を吸って深呼吸した。

…そんな超重要事項を、今に至るまで後回しにしていたシルナをぶっ飛ばすのは、後回しにして。

「…次の矢…か。意味深…だね」

これには、天音も不安そうな面持ち。

だって、相手は「あの」ナツキ様だぞ?

世界主要国サミットで、フユリ様をミナミノ共和国に半ば無理矢理軟禁し。

世界魔導師保護条約、なる非人道的な条約を、世界規模で締結させようと画策し。

一方的にルーデュニア聖王国に殴りかかってきて、あわや全面戦争の一触即発状態を引き起こし。

不平等…を通り越して、絶望的なまでにこちらが不利な決闘をけしかけ。

まぁ、それはこちらが勝利したから良いとして。

ネクロマンサーのルディシアや、人間とケルベロスのキメラであるマシュリといった、化け物じみた人物を部下として従えていた…。

「その」ナツキ様が、更に次の矢を用意してると。

予言しよう。…絶対ろくなものじゃない。

ミナミノ共和国での決闘だけでも、俺にとってはお腹いっぱいだったって言うのに。

まだ、何か仕掛けてくるつもりなのか…。

「諦めの悪さだけは一人前ですね。自分の国に引っ込んでいれば良いものを」

イレースが、舌打ち混じりにそう言った。

全くだよ。

この際仲直りなんてしなくて良いから、何もせず、自分の国で大人しくしててくれ。

「今度は何だろうね?決闘の次は…戦争とか?」

「暗殺かもしれないよ」

何故か元暗殺者組は、ちょっとわくわくした表情だった。

おい。不謹慎にも程があるぞ。

さてはお前ら、決闘に参加させてもらえなかったことを根に持ってるな?

今度こそ自分達の出番、とでも思ってるのかもしれないが。

残念だったな。お前達生徒の出る幕はない。

本来なら、この話し合いの場に同席して欲しくなかったのだ。

こんな話、子供に聞かせることじゃない。

だけどこいつらは、いくら締め出そうとしても、床下や壁の隙間や天井裏に潜んで盗み聞きするからな。

完璧に気配を隠しやがるものだから、防ぎようがない。

どうせ盗み聞きされるならと、渋々同席を許しているだけで…。

…まぁ、これまでも散々、大人顔負けの実力を持っている令月とすぐりに救われてきたから。

今更二人を蚊帳の外になんて、出来るはずもないんだが。

…ともかく、戦争も暗殺も御免だ。

「良いか…。お前ら、冗談でも言って良いことと悪いことがあるんだぞ」

「何で?暗殺を仕掛けてきてくれたら、むしろ楽じゃん。こっちも暗殺し返す絶好の口実が出来るよ」

そういう問題じゃない。

駄目だ。こいつら…発想が完全に、暗殺者のそれ。

「暗殺のご用命なら、いつでも僕達が承るよ」

「俺達の本職だもんねー」

ありがとう。絶対頼まないから安心してくれ。

お前らの本職は勉学だ。学生なんだからな。

冗談じゃないぞ。決闘だけでも充分血生臭かったっていうのに…。これ以上物騒なことは御免だ。

「マシュリ…。念の為に聞いておくけど」

「うん」

「ナツキ様の言う…『次の矢』とやらに、思い当たる節はあるか?」

元アーリヤット皇国皇王直属軍『HOME』に所属していた身として。

少しでも有益な情報を持っているかと思って、念の為にマシュリに確認してみたが…。

「悪いけど…僕には分からない。あの人が何処まで考えて、想定して…行動しているのか」

「そうか…」

「ごめんね。役に立てなくて」

「気にするな。お前が悪いんじゃない」

どうせナツキ様は、自分の部下と言えども誰も信頼しちゃいない。

肝心なことは、マシュリにもルディシアにも明かさなかっただろうよ。