俺にとっては、何の変哲もないただの缶詰めだったが。

「…!それは…!」

目を見開いてたマシュリの視線が、その缶詰めを捉えて離さなかった。

「この間の猫集会で話題になってた…幻のプレミアム猫缶…!?」

「国中のペットショップを回って、ようやく見つけました。良かったらどうぞ」

「…!…にゃー!」

しゅばっ、と猫缶に飛びつくマシュリ。

猫の本能が溢れていらっしゃる。

おい、マシュリ。お前今人間の姿だってこと忘れてないか?

傍から見ると、猫缶に頬擦りしている危ない人にしか見えない。

なんてことだ…。因縁のある相手のはずなのに、まさか猫缶一つで懐柔してしまうなんて…。

「…それで良いのか?なぁ。駄目だろ?相手は得体の知れない天使なんだぞ」

「大丈夫だよ、羽久。リューイ君は良い人だよ」

と、断言するシルナ。

「人じゃなくて天使だけどな。何でそう言い切れるんだ?」

「だって、チョコスフレケーキくれたから。チョコ好きな人に、悪い人はいないよ」

シルナは、ぐっ、と親指を立てた。

…アホしかいないのか?この空間は。

一緒にチョコを食べれば、人類皆お友達だとでも?

アーリヤット皇国のナツキ様にも同じこと言えんのか?お前は。

「駄目だ…。どいつもこいつも…危機感ってものが欠如してやがる…」

何事もなかったように溶け込もうとしてんじゃねぇぞ。

相手は天使だぞ。人外生物なんだぞ?

どう考えても怪しいに決まってるじゃないか。

すると、俺の心を読んだらしいナジュが、

「今更じゃないですか?不死身のイケメン教師、ジャマ王国出身の暗殺者×2、ケルベロスと人間のキメラ…。人外魔境ですよ既に」

と、言った。

確かに。と思ってしまった自分がいる。

そうだな…。そのメンツに「正体不明の有能天使」を加えても、全然遜色ないってのが恐ろしいな。

しかも。

「そうだ。聖賢者殿」

「ふぇっ?」

リューイはくるり、とシルナの方を向いた。

「少し気が早いですが、早めに注文すると割引が利くそうなので、クリスマスケーキを注文しておきました」

「えっ。本当?」

「えぇ。生徒全員分。生地の中までチョコたっぷりのデラックスチョコクリスマスケーキです」

「チョコたっぷりの…デラックスチョコ…!」

シルナ、大歓喜。

…全く、こいつは…。

「しかも、生徒の分まで…」

「アレルギー対応ケーキも合わせて注文しておいたので、アレルギー持ちの生徒の分もちゃんとありますよ」

有能過ぎるだろ。

何処を取っても完璧。非の打ち所がない。

しかし…それ故に、不気味である。

「…お前、一体何考えてるんだ?」

シルナは簡単に騙せるかもしれないが、俺はそうは行かないぞ。