しかし、…気持ちだけ…とは。

私は智天使様の為に、どんなことでもするつもりなのに。

気持ちだけしか受け取ってもらえないとは。

非常に残念である。

「既に、智天使様が手を下された神竜バハムートは、心臓を取り返して生き返っているそうです」

「そうですか」

「これから、どうなさいますか?改めて、あの神竜を始末されますか」

もし智天使様がそのつもりなら、今度は私が手を下そう。

これ以上、智天使様が手を汚される必要はない。

この方がそれを望んだことなど、一度もないのだから。

「…その神竜の方、お名前はなんと?」

名前?

私は、いちいち地上の生き物の名前など覚えていない。

だが、智天使様がお尋ねなのだから、答えなければ。

『記録』を確認すると、そこに名前が書かれていた。

「マシュリです。マシュリ・カティア」

ケルベロスと人間と神竜の血が混ざった、気味悪いキメラの分際で。

随分立派な名前をつけてもらったものだな。

『記録』によると、名付け親は、当時マシュリ・カティアが生まれた時の神竜族の族長だそうだ。

「そう、マシュリさんですか。私達の目的は、マシュリさんを殺すことではありません。そこのところを履き違えないでください」

「はい」

「マシュリさんを手に掛けたのは、あくまで過程…。今、私達が蒔いている種が芽吹く為に…」

「では、この神竜殿の始末は…」

「必要ありません。しばらくの間、シルナ・エインリーとその一派に手を出すことは禁じます」

…ほう。

「では、どうなさるのです?」

「私には、シルナ・エインリーが悪人だとは思えない…。彼の意図、真意を確かめたいのです」

「はい」

「その為に、まずは彼らのことを知らなければなりません」 

知る…。簡単に始末してしまうのではなく…。

成程。

「熾天使様と座天使様は、きっと反対されるでしょう」

心根のお優しい智天使様とは違って、あのお二人は裏切り者に容赦などしない。

問答無用で、奴らを始末しろと仰るだろう。

現に智天使様は、今回の神竜殿殺害についても、元々気が進まなかったところを。

熾天使様達に押し切られて、渋々手を下されたのだから。

だからきっと、智天使様は、神竜殿が心臓を取り返して生き返ったと聞いて、内心でホッとされているのではないかと思う。

そういう御方だ、この方は。

道端に生えている雑草の一本にさえ、優しい情をかける方。

それが、私の主なのだ。

「そうでしょうね。このようなことが二人に知られてしまったら、私はまた、大変批難されることでしょう」

「はい」

「ですが、仲間に批難されることを恐れて、公平な判断を誤りたくはありません。一度命を奪ってしまったら、もう取り返しがつかないのですから」

今回の神竜殿は、命を奪っても生き返りましたが。

このケースは特別ですね。

心臓が7つもある神竜族だから、出来たこと。

普通の人間だったら、とっくに死んでいたはずですから。