「どうやら、あの神竜…。体内の心臓を一つ、冥界に封印していたようで…。その心臓を、仲間が取り返しにきたそうです」

「…そんなことが…」

これは予想外だった。

まさかそんなことが出来るとは。

…冥界がどういう場所なのか、分かっていてあんな無謀なことをしたのか。

あるいは、相当の命知らずなのか、単に破滅願望でもあったのだろう。

よくも、五体満足で現世に戻れたものだ。

「どうして、わざわざ危険を犯してまで…そのようなことを…」

「ただ、知らなかっただけでは?元はと言えば、冥界が…」

「そのことは知らなかったにしても、冥界が危険な場所だということは知っているはずです」

…それは、そうだろうが…。

「何がそこまで…彼らを…。危険を犯してまで、そんな…」

「…智天使様?」

「…ごめんなさい、リューイ…。私、分からないんです」

…分からない?

「何がですか?」

「セラフィム達と話し合って、裏切り者のシルナ・エインリーを始末する計画を立て…。その為に私は、この手で…あの神竜を…」

智天使様は、苦しそうに表情を歪めた。

…この方と言ったら。

罪人にまで情を向けなさる。

「それは気に病むことではありません。奴らは同情の余地もない、世界と神の敵なのですから」

「…そうです。私も、自分にそう言い聞かせていました…。…けれど、私はどうしても…納得出来ないんです」

「…どういう意味ですか?」

「これを見てください。…彼ら、シルナ・エインリーとその仲間達の『記録』です」

智天使様は、私が持っているのと同じ『本』を指差した。

その本には、ありとあらゆる生き物の『記録』が記載されている。

その生き物が生まれ、死に至るまでの全ての『記録』だ。

そこには当然、シルナ・エインリーとその仲間達の『記録』もある。

「彼らは確かに、聖神ルデス様の敵です。世界の敵なのです…。それなのに、彼らの『記録』を見ると…誰かを傷つけることより、誰かを守る為に行動していることの方が、遥かに多いと分かるのです」

「…」

誰かを傷つけることより…誰かを守ることを…?

「シルナ・エインリーとその仲間達は、確かに邪神イングレアの味方…。だから、私達の敵…。それは分かっています。けれど…私には、どうしても彼らが悪人だとは思えない…」

「奴らは罪人です、智天使様」

「分かっています。けれど、罪人が全て悪人だとは限りません」

その通りだ。

では智天使様は、奴らが罪人ではあるが、悪人ではないと仰るのか。

「…よもや、智天使様。裏切り者に同情でもされましたか」

「同情…なのでしょうか、これは」

「そのように見えます」

「そうですか…。…だから、私は甘いと言われるのでしょうね」

よく自らのことを分かっていらっしゃる。

…けれど。

「智天使様、私はあなたの意志を尊重します。あなたがそう思うのであれば、私はそのお考えを指示します」

「リューイ…」

「どうか、あなた様の為に出来ることを教えてください。私は智天使様の為なら、何でも致しましょう」

「…ありがとうございます、リューイ。その気持ちだけで充分です」

ようやく、智天使様は少し微笑んでくれた。