どら焼きなんかより、もっと優先しなければならないことがあるはずなのに。

「うん。美味しいね。たまには和菓子も良いかも」

「チョコレートと言えば洋菓子の印象ですが、意外と和菓子でも合うんですね」

元暗殺者組に続いて、天音とナジュも、シルナに勧められるままにどら焼きを頬張っていた。

お前らも呑気かよ。

正しく危機感を持っているのは、俺だけ。

「はいっ、ほら、羽久もどうぞ」

自分の買ってきたチョコどら焼きが予想以上に好評で、嬉しかったのか。

シルナは満面笑みで、チョコどら焼きを俺にも差し出してきた。

…はぁ…。

絶対、どら焼き食べてる場合じゃないんだけどなぁ…。

渋々ながら、俺はチョコどら焼きを受け取った。

どら焼きを食べている…余裕があるのは良いことだと思おう。うん。

「イレースちゃんとマシュリ君にも…。…あれっ、イレースちゃんは?何処?」

「補習授業だって…」

今頃学院の講義室で、生徒達を集めて補習授業を行っている頃だろう。

イレースが戻ってくるのは、多分下校時間が過ぎてからだな。

「それから…マシュリは、集会だ」

猫の集会だってよ。

近所の猫が集まって、何を話し合っているのやら。

…冷静に考えて、猫同士でどんな会話してんの?

…世間話…?

それは分からないけど、恐らくマシュリが戻ってくるのももう少し後だろう。

その前に、「会談」の結果を教え、

「なぁんだ…。じゃあ、通りすがりの生徒を捕まえて、チョコどら焼きを振る舞おう!」

「は?」

おい、今なんて?

その前にやるべきことがいくらでも、と言いかけたその時。

「学院長先生。こんにちはー」

「入っても良いですかー?」

渡りに船とばかりに、生徒達が四人ほど、学院長室を訪ねてきた。

確かこの四人…五年生の生徒だっけ。

この時のシルナと言ったら、完全に獲物を見つけた獣の目。

「君達!よく来たね!いらっしゃい!」

「は、はい…」

生徒が来てくれたのが嬉しいのは分かるけど、大声出すなっての。

怯えさせてんじゃねぇか。

「丁度良いところに!おやつを食べに来たんだね?そうなんだね!?良いよ!今さっき帰ってきたところでね、チョコどら焼きをみんっ、」 

「え?あ、いや。おやつじゃなくて」

「ふぇ?」

「私達、ナジュ先生を探しに来たんです」

この時のシルナと言ったら…。

…大層間抜けな顔で、口をぽかーんと開けていた。

シルナのおやつなんて要らないってさ。残念だったな。

「ほう。僕をご指名ですか?」

「あ、ナジュ先生」

「良かった。ここに居たんですねー」

生徒達に指名されて、ナジュがシルナの前に踊り出た。

この時も、シルナは相変わらずぽかーんとしていた。

「あの、これから稽古場に行って、明日の実技授業の練習に付き合ってくれませんか?」

「私達、ナジュ先生に教えてもらいたくて」

「ほほう。勿論良いですよ」

「良かったー!ナジュ先生の実習訓練は、いつも本当に分かりやすいんです」

そりゃそうだろ。

ナジュと来たら、お得意の読心魔法で生徒の心を読み。

生徒が分からないところ、苦手なところを的確に見抜いて、教えているのだから。

生徒達の間では評判だよ。「ナジュ先生の授業は分かりやすい」ってな。

まさか、その裏に読心魔法のカラクリがあるとは…令月とすぐり以外の生徒は、思ってもみないだろうな。