「…?」

思わず、俯いて両目をぎゅっと瞑ってしまったが。

いつまで経っても、水竜のアイアンテールは飛んでこなかった。

…何故?どうなってる?

恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。

今にも振り下ろされそうだった水竜の尻尾に、猫くらいの大きさの違う生き物が噛み付いていた。

小さな身体で、まるで僕達を助けるように。

「…!」

「な、何だあいつ…?」

冥界にいるってことは…あ、あれも魔物だよね?

魔物同士なのに、どうして?魔物は僕達を攻撃するんじゃ…。

それなのに、どうして庇うような真似を…。

その時に、僕はあることに気づいた。

左半身が異様に膨れ上がった、その特徴的な体躯。

そして何より…あの小さな魔物がつけている、鈴付きの首輪。

思わず、涙が出そうになった。

そう…そう、助けてくれたんだね、『マシュリさん』。

彼は死んだはずなのに、どうしてこんな不思議なことが起きてるのか分からない。

でも、そんなことはどうでも良い。

事実は一つだ。

『マシュリさん』が僕とキュレムさんを守ってくれた。それ以上大切なことなんてない。

「あいつ…味方、なのか?」

「うん、味方だよ、キュレムさん。誰より大切な…味方なんだよ」

僕達を襲った水竜は、尻尾に噛み付いたままの『マシュリさん』を追い払おうと、煩わしそうに尻尾を振り回した。

しかし、ぶんぶんと振り回されながらも、『マシュリさん』は尻尾に噛み付いたまま、決して離れない。

それどころか、その状態のまま、こちらに視線を向けた。

思わず僕は、釣られてその視線の先を振り向いた。

先程のアイアンテールで崩れた瓦礫の先に、奇妙なものを見つけた。

亀裂だ。時空を裂いたような、赤黒い色をした亀裂。

『マシュリさん』はそこを見つめながら、僕とキュレムさんにアイコンタクトで何かを伝えようとしていた。

自分の身だって危ないのに、必死に。

僕は、すぐにその意図を理解した。

行けって言ってるんだね。あの裂け目に飛び込んで、別の場所に逃げろと。

…その気持ちは分かった。

だけど…!

「成程、あそこに逃げれば良いんだな…。よし、天音行くぞ!」

「ちょっと待って…!『マシュリさん』を置いてはいけないよ!」

同じく『マシュリさん』の意図に気づいたキュレムさんが、僕を促したが。

僕は、『マシュリさん』を置き去りには出来なかった。

このままじゃ、僕の代わりに『マシュリさん』が水竜の餌にされてしまう。

しかし、僕なんかより遥かに、キュレムさんは冷静だった。

「アホか?戦って勝てる相手じゃないから、逃げろって言ってくれてるんだろ。何の為にあいつが命張ってくれてると思ってるんだよ!?」 

「…!それは…!」

「無事に逃げ切らなきゃ、あいつのやったことが無駄になるだろ…!」

…そうだね。キュレムさんの言う通りだ。

僕が甘かった。…ごめん、『マシュリさん』。