しかし、逃げると言っても簡単なことではない。

僕達を追いかける水竜は、明らかに敵意剥き出しだった。

まるで、海底都市に忍び込んだ侵入者を排除するかのように。

侵入者は決して許さないとばかりに、血眼になって僕達を追跡してきた。

うぅ…話が通じないのがもどかしい。

踏み込まれたくなかったのなら、今すぐ出ていくから。

それで許してくれないだろうか。お互い、「済みませんでした」と謝って解決したい。

…だが、そんな平和的な話し合いが通用する相手ではなかった。

「ひぇっ…!」

瓦礫の裏に身を潜めた僕達を、水竜のぎょろりとした目が捉えた。

隠れたつもりだったけど、やっぱり無理だった。

「見つかってんじゃねぇかよっ…!」

「い、急いで逃げよう。キュレムさ、」

「いや、ちょっと待て。逃げ回るだけじゃなくて、いっそ迎え撃つのはどうだ?」

えっ?迎え撃つ?

戦うってこと?相手は冥界の魔物なんだよ?

「た、戦って勝てるの?」

「このまま黙って捕まるよりマシだろ。…ほら、来たぞ!」

ひぇ。

こちらを見つけた水竜は、ここに居たのかと言わんばかりに、牙を剥き出しにして迫ってきた。

キュレムさんと一緒だから、まだ僕も正気を保っていられるけど。

これ、もし一人だったら、この場に卒倒していたかもしれない。

「魔弾装填…。…喰らえ!」

キュレムさんは、得意の魔弾を水竜に撃ち込んだ。

聖魔騎士団魔導部隊大隊長の攻撃を真正面から受けて、立っていられる者はいない…はずだったが。

忘れてはいけない。ここは水中なのだ。

キュレムさんが放った魔法の弾丸は、水に勢いを殺され、威力を削がれ。

魔弾が水竜に届く頃には、その威力はほぼ、ゼロに等しかった。

「…」

「…」

…聞こえてくるようだよ。水竜が、「今何かしたか?」って言ってるのが。

多分水竜にとっては、ピンポン玉を投げられたくらいの衝撃でしかなかったんだろう。

そっか…。さすがにピンポン玉じゃ、冥界の魔物には勝てないよね。

「…全然効いてねぇじゃん!」

これには、キュレムさんも大声で抗議。

気持ちは分かる。分かるけど。

「逃げよう、キュレムさん。やっぱり逃げるしかない!」

「畜生。何だ?今の間抜けな攻撃。水の中じゃなきゃ、もう少しまともな攻撃出来たのに!」

それも分かってるよ。でも今はしょうがない。

急いで逃げて、出来ればまた瓦礫の中にでも潜んで、何とかやり過ごしたい。

しかし。

「ふわぁっ!」

「うへぁっ!?」

突然、水の中に大きな衝撃波のようなものが走って、僕もキュレムさんも悲鳴をあげた。

見ると、遮蔽物になりそうな瓦礫の山が一蹴されていた。

目を疑ったよ。

水竜が、その長い尻尾を振り回し、僕達が隠れられそうな場所をぶち壊したのだ。

僕達が、これ以上逃げ隠れることが出来ないように。

嘘でしょ。そんな知恵があるの?

…しかも。

「…!天音、やべぇ。避けろ!」

「えっ…!?」

瓦礫の山を払ったアイアンテールで、今度は僕達を仕留めようと。

尻尾を振り上げ、こちらに向かって振り下ろそうとした。

動きが素早い。

陸上なら何とか躱すことも出来ただろうが、水中ではそうもいかない。

駄目だ。まともに食らう。

頭の中が真っ白になった、その時。