今度は大男ではなく、猫だった。

尻尾の先が分かれているし、左半身がぼこっと膨れ上がって、非常に歪な姿。

「うわっ、また出た」

これには、ルイーシュもうんざり顔。

その気持ちは分かる。分かるけど…。

…ちょっと待って。あの猫の化け物。

「余計な争いは避けましょう。別の方角に…」

「いや、待って。あの猫は敵じゃないかも」

「え?」

見覚えがある。あの姿。

左半身が膨らんだ姿。そして、あの猫がつけている首輪。

それに何より…猫がこちらを見つめる両目。

そこに、敵意は一切感じられなかった。

敵じゃないってことは、恐らく、あの猫は…。

…そう、そういうことか。

じっとこちらを見つめる『マシュリ』は、ついてこいと言わんばかりに走り出した。

成程、そっちに行けば良いんだね。

「ついていこう。ルイーシュ」

「えぇ。本気ですか?」

僕はいつだって、至って本気だよ。

「大丈夫。あの猫は『マシュリ』だから」

「あれが?…どうして分かるんですか?」

どうして、と言われても…困るね。大した根拠がある訳じゃないから。

でも、強いて言うとしたら…。

「勘かな」

「成程、勘ですか」

うん、勘だよ。

「勘だけど、信じて一緒に来てもらえないかな。多分、悪いようにはならないよ」

あの猫が『マシュリ』だとしたら、僕達を助けこそすれ、こちらに危害を加えることはないはずだ。

だから、ついていってみよう。

きっと、この四面楚歌な状況を解決する、そのヒントをくれるはずだよ。

「良いですよ。考えるの面倒なんで。あなたに従います」

と、ルイーシュ。

ありがとう。じゃあついてきてもらえるかな。

「『マシュリ』を追いかけよう。彼が導いてくれるよ。きっと」

「分かりました」

大男の追跡を逃れ、僕とルイーシュは、『マシュリ』の後を追った。

『マシュリ』は軽快に走りながら、時折こちらちらりと振り向いた。

「こっちだよ」と、促すように。

だけど、この見通しの良い荒野に、果たして大男の追跡を逃れられるような逃げ道が存在するのだろうか、と。

思っていたその時、『マシュリ』が足を止めた。

荒野のど真ん中で。

何でこんなところで止まるのか。その答えは明白だった。

『マシュリ』が立ち止まったその場所に、壁に切り込みを入れたような、赤黒い亀裂が出来ていた。