「お、お化け!お化けだ!お化けが出たぁぁぁぁっ!」

「耳元でうるせぇ!ここは冥界なんだぞ。幽霊の一人や二人いても…」

「呪われちゃう!井戸に引っ張り込まれちゃう!テレビから出てくる!チェーンソーで切り刻まれる〜っ!!」

「…色々混じってるな…」

逃げなきゃ、とにかくあのお化けから逃げなきゃ、と。

脳みそは必死に警告音を鳴らしているのに、身体が言うことを聞いてくれなかった。

「は、はにゃほれひれ〜…」

膝から力が抜けて、ジュリス君に縋り付くようにその場に崩れ落ちた。

だ、駄目だ…。足が立たない。

「落ち着け。襲われると決まった訳じゃないだろ。人の気配を感じて、様子を見に来ただけかもしれない」

ジュリス君は、何でそんなに冷静なの?

森の中でクマに遭っても、物凄く冷静にその場を立ち去って、難を逃れるタイプだね。

私だったら、悲鳴を上げて逃げ出すと思う。そして追いかけられるまでがセット。

「下手に刺激するんじゃなく、黙って静かに…。…!」

言いかけたジュリス君が、突然言葉を止めた。

「な、何?どうしたの?」

突然黙らないでよ。何があったのかってこわっ、

…しかし。

私は「それ」を見て、その場に凍りついた。

あろうことか。

のっぺらぼうのお化けは、身体をぐねぐねとくねらせながら、こちらを目掛けて迫ってきた。

心臓が止まった。私の心臓が。もう。

「…みゃ…!…ふにゃふれはれ〜…」

「お、おい。腰を抜かしてる場合か!逃げるぞ」

「む、無理。無理だよ、身体から力が…」

「じゃあ置いてくぞ」

それだけは嫌だった。

「やだ、置いて行かないで!お化けに食べられる〜っ!!」

「食べられるより、襲われる心配をしろよ。ほら、行くぞ!走れ!」

人間、本当の本当に命の危機を感じると、意外と足腰動くものだね。

と言うか、ジュリス君に「置いていくぞ」って脅されたからだと思う。

走らなきゃ死ぬ、襲われるとなると、本能的に走り出す。そういう生き物だよ人間って。

…しかし。

「ぴ、ぴきゃぁぁぁ!?」
 
「っ、何だよ!?」

「ま、前!前!」

走り出したその先で、またしても、今度は違うお化けが私達を待ち受けていた。

今度はのっぺらぼうじゃなくて、猫だった。

なーんだ、猫ちゃんなら可愛いものじゃないか、と思ったそこの君。

その猫ちゃんが、まさか普通の猫ちゃんじゃなくて。

尻尾が二つに分かれ、しかも左半身が異様に膨張した、冥界特有の猫ちゃんだとは思わなかったでしょう。

「ちっ、今度は化け猫かよ…!」

ジュリス君も気づいたみたいだね。

「でも、化け猫の一匹くらいなら…!」

実力行使とばかりに、ジュリス君は懐から杖を取り出した。

しかし。

「…!ジュリス君、待って!」

「それ」に気づいて、私は慌ててジュリス君を止めた。

「はぁ!?」

「あれ…あの子がつけてる首輪…!」

あの猫ちゃんは。確かにジュリス君の言う通り、化け猫かもしれないけど。

猫ちゃんが首につけている、鈴付きの首輪には見覚えがあった。

あれは…紛れもなく…!