「大丈夫だよ。君に危害は加えない。冥界にやって来た役目も忘れてないから」

…悪意はないように見えるが。

…今は、言い争っている場合ではない、か…。

「…本当に、信じても良いんだな?」

「うん、勿論だよ。信じて」

…そうか。

分かった。じゃあ信じるよ。

怪しさ満点なのは確かだが、でも「この」ベリクリーデからは、悪意というものが微塵も感じられなかった。

悪いこと考えてるようには見えない。

…って、悪役ってのは大抵、悪いこと考えてるようには見えないものなんだが…。

「…それよりも」

もうこの話はおしまいとばかりに、ベリクリーデは遺跡の方に視線を向けた。

「…変な感じがするね、この場所」

「…変な感じ?」

「君は何も感じない?」

…俺は…。

ベリクリーデの横に並んで、この場所をぐるりと見渡した。

崩れかけた、大きな祭壇。

まるで、教会の礼拝堂みたいな場所だ。

かつてここは、冥界の教会だったのだろうか?

…冥界って、教会なんてあるの?

それよりも、この場所。この感覚…。

何だろう。凄く…胸がチリチリするような…。

「…気持ち悪い…感じがする」

何故か、この場所を見ているだけで。

胸騒ぎがするような、背中がぞわぞわするような…不安な気持ちにさせられる。

何なんだ、これは…。

冥界に…この遺跡に辿り着いてからずっと、落ち着かない。

冥界なのだから、落ち着かないのは当然なのだが…。

「そっか。君もそうなんだね」

君も、ってことは…。

「ベリクリーデ、お前もなのか?」

「私以上にこの子が…。…いや、そうだね。私も同じだよ」

この子って誰?

ともかく、ベリクリーデも同じように感じていると。

「立ち入っちゃいけないところに、足を踏み入れてるような気がする…」

そう、それだ。

ベリクリーデの言うことは、非常に的を射ている。

「ここは冥界なんだから、それは当然なんだけどな…」

「それを抜きにしても、ここは何だか変だよ。…上手く言えないけど…。…ちょっと怖い」

…怖い?

怖いなんて、そんな感情は…。

…いや、待て。違う。

そう、怖いんだ。俺も。

俺が、じゃなくて…正しくは、俺の中にいる…。

「…怖い…」

「…?大丈夫、羽久?」

「怖い、怖い…。怖い…」

一度気づいてしまったら、それ以外に何も考えられなかった。

この場所は怖い。俺が…私が、私達が、足を踏み入れてはいけない、場所。

今この場所に、シルナが居ないことが酷く不安だった。

だって、ここは…。この場所は、かつて、

「しっかりして、羽久。自分を見失わないで」

「…っ…!」

ベリクリーデは俺の手を取って、真っ直ぐにこちらを見つめながらそう言った。

お陰で、俺は正気を取り戻した。

…しまった。俺、今…。

「ご…ごめん、ベリクリーデ…」

「ちょっと、この場所から離れようか。その方が良いよ」

「…分かった…」

この場所が何なのか、何故こうも心を掻き乱されるのか。

俺達に、その答えを知る術はなかった。

…今は、まだ。