え…。えーっと…?

「な…何じゃこりゃーっ!?」

キュレムさんは周囲の状況を見て、素っ頓狂な声を上げた。

地上で聞いたら、相当大声だったと思うんだけど。

如何せん水の中なので、大声は掻き消されて、辛うじて僕に聞こえるくらいの声量にまで抑えられている。

…えーっと。

…気づいてなかったの?

「何処だよここは!?何で俺達、水の中に居るんだ!?」

「な、何でかは分からないけど…。…多分、冥界の何処かの海の底…じゃないかな」

「海の!底!?でも全然しょっぱくねぇぞ?」

あ、そうか…。

じゃあ、海じゃなくて湖の底なのかな…?

どっちでも良いよ。水の中ってことだけは確かだ。

「何で?俺、いつの間に水の中に…。ってか、何で普通に喋ってんの!?」

「さ、さぁ…」

「つーか、息…。息!何で苦しくないんだ?俺、風呂の中で30秒くらいしか息止めていられないタイプなんだけど」

大丈夫。僕もそんなに息止めていられないから。

今ここにナジュ君がいたら、「僕なら何時間でも余裕ですよ!」とか言ってくれそうだなぁ。

「息、出来てる…。何処で酸素吸収してんだ?俺…」

「さ、さぁ…。肺なんじゃないかな…?」

酸素ボンベも何もないのに、水の中で人間が当たり前のように肺呼吸出来ているなんて。

僕には全く説明の付かない状況だけど、エラを持たない僕達が、普通に呼吸出来てるってことは…。

ここは多分…「そういう」場所なんだろう。

早い話が、現世の理屈は通用しないってことだ。

「俺も天音も…。前世マーメイド説が浮上」

「…」

真剣な顔をして、出てきた言葉がそれなの?

愉快な人だね、キュレムさんは…。

って言うか、本当に気づいてなかったんだ…。

さすが聖魔騎士団魔導部隊の大隊長、って尊敬していたのに…。

ま、まぁいっか。尊敬…しておこう。

「やべぇな…。天音があまりにも普通に喋ってるから、全然気づかなかったよ」

「そ、そっか…。僕も、キュレムさんがあまりにも普通に喋ってたから、まさかキュレムさんが気づいてないとは、気づかなかったよ…」

「どうなってんだ?これ。あーあー。水の中なのに声、聞こえるし。息出来るし…目も見えるし」

「分からない。けど…溺れなくて良かった」

「確かに。ろくに泳げねーからな、俺。マジで海の中に放り投げられたら、危うく死ぬところだった」

本当にね。

泳げるか否かを抜きにしても、水の中は、地上とは全く違う環境だ。

気をつけていないと、何処に危険が潜んでいるか分からない。

「冥界に、こんな不思議な場所が…。ルイーシュや他の奴らも、似たような目に遭ってんのかな?」

「そうかもしれないね…」

「だとしたら、悠長やってる暇ねぇな…。まずは合流を最優先に…おっ。ってことは、早速これの出番じゃね?」

これ?

キュレムさんは、ポケットの中から笛を取り出した。

『門』を潜る時に、シュニィさんに渡された魔法道具である。

万が一冥界で仲間同士がはぐれても、お互いの大まかな位置が分かるように、って。

そうだった。この魔法道具のこと、失念してた…。

でも…この状況で、果たしてその笛にどれほどの効力があるのか。

「よし、じゃあ景気良く吹いてみるか…。ふー」

キュレムさんは、唇を笛の吹き口に当てて、息を吹き込んだ。

甲高い音が鳴って、魔力の込められた笛の音色が仲間のところに届い…。

…て、たら良かったんだけどね。