さっきまで僕、水の中で普通に呼吸が出来ることにびっくりして、みっともないほど狼狽えていたのに。

キュレムさんは、つい先程目覚めたばかりだというのに、僕のように仰天して取り乱すようなことはなかった。

何事もなく、当たり前のように、自然に振る舞っている。

まるで、自分が水の中にいることに気づいていないかのようだ。

さすが、聖魔騎士団魔導部隊の大隊長…。

この程度の不可思議な現象では、驚くに値しない、と。

狼狽えていた自分が、恥ずかしく思えてくるね。

「やれやれ…。何処行ったんだか、ルイーシュの奴…。冥界に来てまでルイーシュ探しとか。日常かよ」

「でも、キュレムさんに会えて良かったです。恥ずかしながら僕は、さっきからずっとびっくりしっぱなしで…」

ナジュ君とははぐれてしまったけど、でもキュレムさんに会えて、ホッとした。

一人じゃないってことは、とても心強いね。

それだけに、今頃一人で冥界の何処かを彷徨っているであろうナジュ君や。

キュレムさんの相棒の、ルイーシュさんのことが心配だった。

早くこの海を抜け出して、仲間を探しに行かないと…。

それから、マシュリさんの心臓が封印されている竜の祠も…。

「キュレムさんが一緒で、とても心強いです」

「そうか。なんか期待してるみたいだけど、俺は頼りにならないぞ」

「そ、そんなこと…。えっと…良かったら、お互いパートナーが見つかるまで、一緒に組みませんか?」

「あぁ。そうした方が良さそうだな…。単独行動はあぶねぇし。まぁ、宜しく頼むわ」

「はい。宜しくお願いします」

僕は、水の中でぺこっと頭を下げた。

うぅ。これくらいの動きも、水の中だとぎこちないね。

足、踏ん張ってないと、ふわふわと水の中を漂っていきそう。

「つーか、敬語はやめてくれよ。堅苦しいだろ」

「えっ…。でも…」

「気ぃ遣わなくて良いよ。敬語で話されると居心地悪いから、普通に接してくれ」

…そ、それは別に構わないけど…。

「…でも、確かキュレムさんの相棒のルイーシュさんは、敬語で話してなかった?」

「あいつの敬語は、敬語じゃないからな。慇懃無礼が人の形して歩いてるみたいな奴だから、一周回ってあれはタメ語だ」

そ、そうなんだ。

「そういや、あんたの相棒のナジュも敬語で喋るタイプだな」

「あ、あれはナジュ君の素だから…」

「じゃあ、うちのルイーシュも同じだな」

お互い、相棒が敬語で話す者同士。

不思議な共通点があるものだ。

でも、こんな小さなことでも、キュレムさんにちょっと親近感が湧いた。

「しかも、あんたの相棒はうちの相棒よりマシだよ。ったくあいつと来たら、サボることと楽をすることしか考えてないような奴だからな」

「そっか…。仲良いんだね、二人共…」

「おい。何で今の話の流れでそうなるんだ?」

いや、何だか…反抗期の我が子に呆れるお母さんみたいで。

微笑ましいなぁって思って。

なんて、キュレムさんに言ったら怒られそうだから、言わないけど。

「やっぱり、キュレムさんは凄いね」

「は?何が?」

「だって、こんな状況でも凄く落ち着いてて…。僕なんて、さっき目が覚めて水の中にいるって気づいた時、びっくりして腰を抜かしたんだよ」

「ふーん…」

「でも、キュレムさんは全然狼狽えてないから。さすがだなって…」

こなしてした場数が違う、ってことなのかな。

羨まし、

「…え?ここ、水の中じゃね?」

「えっ?」

「…俺、今水の中にいる?」

目を真ん丸にして、キュレムさんはこちらを向いた。

その顔は、水の中でもはっきり分かるほどに青ざめていた。