水の中にいるはずなのに、普通に呼吸が出来てる。

全然苦しくない。

「あー…。…あーあー。もしもし…」

それに、自分の発した声も聞こえている。

幻覚…?幻覚を見てるんだろうか?

それとも、これ水じゃないんだろうか?

でも、そっと口を開けてみると、味のない液体が口の中に流れ込んできて、これはやっぱり水だ。

水の中にいるのに…何で息が苦しくないんだろう…?

もしかして僕…エラ呼吸してる?

エラ…ないはずなんだけどな…。

ここが冥界じゃなかったら、幻覚を疑っていたところだ。

冥界は、何が起きるか分からない場所だって聞いた。

だから、人間が普通に呼吸出来る海(?)があっても、おかしくはない。

何でも有りの場所だと思えば、何とか納得…出来ないけど…出来る。うん、大丈夫だ。

僕は、無理矢理自分を納得させた。

もしかして、ナジュ君もこの近くにいるのだろうか?

この不思議な海(?)の中に?

「ナジュ君…。ナジュ君!何処にいるの?」

水の中で声を張り上げてみたけど、僕の叫び声は掻き消されて、遠くまでは聞こえなかった。

声が聞こえる範囲は、精々一メートル圏内だ。

それに、歩き出そうと足を踏み出すと、プールの中を歩いてみるみたいに重かった。

歩くより、泳いだ方が速そう。

困ったな…。僕、あんまり泳ぐの上手じゃないのに…。

仕方なく、海底に足を突きながら、水の中を跳ねるように歩くことにした。

何もかもがスローモーションみたいで、身体が上手く動かないのがもどかしい。

海上を目指すべきなのかもしれないけど、この近くにナジュ君がいるかもしれないから、先にナジュ君を…。

「ナジュ君、何処にい、えっ?」

「もがっ!」

ぴょん、と跳ねて砂の海底をむぎゅっと踏みつけると。

柔らかい砂の感触とは違う、何か固いものを踏みつけてしまった。

しまった。お魚…海底の砂に姿を隠していたお魚さんを踏みつけてしまったのだろうか。

サメや、毒針を持つエイだったらどうしよう、と一瞬青ざめたが。

「あぁ…?誰だよ、今踏みつけた奴…」

「えっ…。…キュレムさん?」

砂を払うようにして、のろのろと起き上がったその人物は、魚ではなく。

一緒に冥界遠征に来た、キュレムさんだった。

「おー…?おぉ、あんたアレ…。保健室の先生じゃないか」

「あ、うん…。天音です…」

「そうそう、そんな名前」

ど、どうも。

「ご、ごめんなさい。踏みつけてしまって…」

「ったく、良い気持ちで寝てたらいきなり背中を踏まれて、何事かと思ったよ…。まぁ、別に良いけどな。床で昼寝してる奴が悪いわ」

ひ、昼寝してたんですか?

とてもじゃないけど、そんなことしてる余裕は…。

「…にしても、ここって冥界なんだよな?ルイーシュ見てねぇ?」

「い、いえ…。見てないです。ナジュ君…。僕と一緒に来たナジュ君は、見てないですか?」

「見てないな…。何処行ったんだろうな?お互い、相棒とはぐれたってことか?」

「…そうみたいですね…」

キュレムさんは、びっくりするくらい淡々としていた。